2009年12月20日 (日)

消えた浜安善駅舎

2009090052_w Camera: Contax G1, Lens : Planar 45mm F2, Film : Aerocon II, PC-TEA

写真のボロ駅舎は鶴見線貨物支線の浜安善駅です。昔は旅客の扱いもしたことがあるらしいのですが、貨物駅として残っておりました。

駅舎は昭和シェルの入口に位置しており、横浜市営バスがこの横を通って昭和シェルに出入りしている(実際は構内で折り返しているだけと思われます)ので、昭和シェルを相手に旅客を扱っても不思議ではなかったと思われます。ただ、歴史を見ると、随分早いうちに旅客の扱いは廃止しているようです。

また、貨物駅といっても、実際に駅に貨物列車が来ることはなく、手前のジョイントで分岐して、米軍基地のほうに列車は向かうものと思います。そう考えると全く何のためにあったのか、解らないような駅でした。

R0012972_w ところが、数ヶ月ぶりにこの駅舎を見に行ったら、跡形もなく消えておりました。ボロい廃駅といっても誰かが出入りする訳でなく、差し迫った危険も無かったと思われるのですが、残念です。

確かに、この駅舎を見るために私のようなオタが近づくし、周りが石油関係の施設ばかりのところで、薪小屋のようなボロ駅舎が残っているのは危険だったかも知れません。

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2009年12月10日 (木)

祝 C6120 復活

C6120_w はじめに、この写真は私が撮ったものではありません。私の先輩が撮ったものです。それを私が大切に保管しておりました。

1971年3月秋田付近を走る、大阪発青森行の荷物列車2047レです。牽引機はもちろんC6120です。この列車は秋田までがたぶんDF50、秋田から青森までがC61の牽引です。

当時はこんな、貨物列車ではない荷物列車というものがあったのです。青森には22時25分に到着ですから、荷物車の多くは青函連絡船に入り、函館発5時33分、荷物列車41レとして函館本線の山線をD51に牽引され札幌に向かったものと、想像出来ます。

今思うと、ワクワクするようなスジですね。ちなみに、この列車の上りは秋田から新津まで、秋田に乗り入れていた唯一のC57が牽いて、新津に帰っていたようです。

このたび、めでたくC6120が復活することになり、高崎を拠点に活躍するというニュースが流れました。

しかし、当然、秋田、青森間の奥羽本線にも帰ってくることがあると思います。矢立峠を旧客を牽いてC6120が駆けて行く姿など、想像しただけで悶絶ものです。

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2009年10月 3日 (土)

レッドデータブック 第一種踏切乙種

Img_7161_w Camera : Canon EOS 5D, Lens : EF24-105 F4L

第一種踏切とは、警報機と遮断機があるもので、通常見かける踏切の大半がこれにあたります。しかし、この第一種踏切は詳しく甲と乙に分けられますが、ほとんど自動警報機・自動遮断機が設置された甲種で、始発から最終まで、保安員が遮断機を操作する乙種は数えるくらいしかありません。

この乙種で有名なのが、名鉄の神宮前駅そばの踏切ですが、このタイプの踏み切りが存在するおもな理由は、複雑かつ微妙な遮断機のコントロールをする為ですから、一歩間違えば重大な事故につながる恐れがあります。

記憶に新しいのは東武鉄道の竹ノ塚駅そばの踏切事故で、それ以来首都圏ではほぼ、絶滅し、日本で最も高度な遮断機操作をしている神宮前駅そばの踏切も廃止が決まっております。

そんな中で、最後まで残るだろうと思われる、踏切が鶴見線大川支線の日本鋳造社前のこの踏切です。企業の敷地にかかっているので、正確には第一種踏切乙には登録されていない可能性もありますが、少なくても、形式的には完全な第一種踏切乙です。

Img_7157_w しかも、ハンドルを回してワイヤー遮断機を昇降させるという、踏切マニヤには感涙ものの踏み切りです。これが現在までオリジナルで残っているのは、踏切監視小屋が警備員詰所と同じである事、列車本数が極めて少ない事があると思います。

特に土日は通過列車が3往復しかありません。したがって、実際の操作を見に行くのも時間が限られます。それでも一連の手順は完全に守られております。ハンドルを回し、遮断機を下げる。ハタや手を振って運転手に安全を伝える、手を振って車掌に安全に通過した事を伝える、ハンドルを回して遮断機を上げるの手順です。

ただ、踏切に面した道路は土日でもトラックの通行が多いので、見学には注意が必要です。

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2009年8月24日 (月)

さよならオリエント急行

Img_0865_w Camera : canon EOS 5D, Lens : EF24-105 F4L

今日、オリエント急行が今年の12月で消えるというニュースを見ました。このオリエント急行はアガサ クリスティのミステリの舞台となったオリエント急行殺人事件のオリエント急行と、同じと言えば同じ、違うと言えば違うものです。

同じと言う意味は、このオリエント急行EN469はかつて西洋とアジアの入口を結んだ列車の成れの果てという意味で同じ。違う点は、かつての豪華列車の面影は、この列車には微塵も無いことです。

今、パリからイスタンブールまで列車で行くとしたら、パリ東駅を7:24に出発するTGVに乗り、ストラスブルグを経由してドイツのシュタットガルトまで行き、そこで11:58発のECに乗り継ぎ、オーストリアのザルツブルグ経由でフィラッハに18:43到着。そこから始発の夜行急行に乗り換えセルビアのベオグラードに翌朝6:21着。ベオグラードを7:50発のイスタンブール行きに乗ると、かつてのオリエント急行始発駅イスタンブール シルケシ駅には翌朝8:19に到着。のべ47時間55分の汽車旅が最速ルートです。

このルートは、ウィーンを通った初代のルートと、クリスティのオリエント急行殺人事件のシンプロン オリエント急行のルートを半々に組み合わせたようなルートですが、かつては無かったルートです。

また、このルートでストラスブルグとザルツブルグの間は、現行のオリエント急行と重なるので、この間だけオリエント急行に乗ってみるのも面白いかもしれません。

それが出来るのは今年の12月まで.......行きたいけど無理だなぁ。

表題の写真はEN469オリエント急行の始発駅、ストラスブルグです。なんとなくエキゾチックな駅ですね。

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2009年8月 6日 (木)

旅行に行ってきました

昨日までちょっと旅行に行ってきました。旅行の目的は親や友人と会うことでしたが、いろいろな「おまけ」も付けてみました。順番に写真で見ていくと...。

Img_6477_w 1.昔、村上の岩間崎キャンプ場でキャンプをしたことがありますが、夜中の海といさり火、そして夜汽車が綺麗だった記憶があります。ここをEF81が牽く団体臨時列車の回送が走るというので、訪ねてみました。日中に客車が走ることなど滅多にありませんから。ここまで村上駅からレンタサイクルで来ましたが、結構辛い物がありました。

Img_6644_w 2.秋田から青森まで、北東切符で行くなら、リゾートしらかみが便利、それもボックスシートが、混まない時には、お勧め。コンパートメントの中は、寝台のようにシートアレンジが出来、寝ながら海が見れます。

Img_6846_w 3.今や、昔ながらの夜行急行客車列車は「はまなす」だけになりました。この日は12両の長大編成、立ち席まで出る満員の自由席、と正統派の夜行急行の魅力がてんこ盛りです。昔、若者が北海道周遊券で北海道を旅した雰囲気が、この列車には残っております。

Img_6860_w_2 4.朝、目を覚ますと、機関車の顔が見える、という感覚は、自由席での夜明しとともに貴重です。久々に満喫しました。今回の旅行の目玉の一つです。

Img_6936_w 5.札幌に着き、西武百貨店と丸井今井百貨店に別れを告げて、カシオペアを見送った後、すぐに千歳空港に向かいます。福岡行きの最終は18時。札幌-福岡便は日本列島を縦断するので、一見国内線、最長フライトかと思って期待していましたが、東京-那覇便にも負けます。せっかく札幌に来たのだから空港でラーメン食べたい。これから福岡を経由して横浜に帰るまで、毎食ラーメンにしようかなぁ。

Img_6947_w 6.福岡空港からの地下鉄で乗ったトイレ付きの103系。こちらでは当たり前なのでしょうが。私的には目から鱗の車両。103系もやれば出来る子だったんだなぁ、と妙に感心。

Img_6994_w 7.福岡空港への途中、博多駅では幸運にも貨物列車が止まっておりました。長大編成で機関車の先頭が見れなかったのですが、ED76の牽引。交流専用機の終焉も近い気がします。旅行には貨物列車時刻表も持って行ったのですが一度も出さずに終わりました。ですが、偶然見ることが出来て、めでたしめでたし。

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2009年7月12日 (日)

ムーンライト九州の廃車のニュース

Img_9166_w Camera : Canon Eos 5D, Lens : EF100-400, f5.6-6.3L

先ほど、Yahooを開けたらムーンライト九州の廃車のニュースが出ていて、やっぱり、と思いました。夜行バスに押されていたようだし、終点まで2つの会社、三台の機関車を交代して走る快速列車は、生き残りが難しかったものと思われます。

これで、機関車が牽く列車は、観光列車を除いて、関東より西では絶滅してしまったことになるかも知れません。寂しいですが仕方がありません。ムーライト九州の車両はご苦労様でした。

Img_9165_w 門司にはEF81で到着しました。

Img_9175_w 門司から博多まではED76が牽引します。

Img_9181_w 車両はこんな感じ。

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2009年6月29日 (月)

盛岡駅の遺構

R0012459_w 盛岡駅も新幹線の乗り継ぎ駅で無くなってから、在来線に優等列車が見当たらなくなり、一抹の寂しさがあります。昔は、新幹線から「はつかり」に、またはその逆にダッシュする人たちがいて、にぎやかでした。さらにその前は、在来線の特急に「たざわ」も加わり、かつての、青森駅での青函連絡船と接続特急の席取りダッシュを彷彿させるものがあり、懐かしく感じたものでした。

帰省の帰りに久々に盛岡駅に降りて、感傷に浸っていると、偶然、足元にもんなものが。

「やまびこ」はもちろん新幹線のことではありません。それに「みちのく」なんてものもある。そして「はつかり」が2箇所に名前があるのは、583系のと485系があったからです。

「やまびこ」があることからも明らかなように、これは東京方面の特急列車の乗車目標位置です。それも東北新幹線が出来る以前の!

5831_w Camera : Yashica FX2000, Lens : Distagon 35mm f1.4, film : Kodachrome KM

感傷に浸っていた私は突然ハイになり、家に帰って、古いポジを眺めて見つけたのがコレ。東北本線583系「はつかり」最後の日の写真です。

後ろが切れている(12両編成だったのよ)とか、KMで特急の走行写真なんてアホか、という突っ込みはナシでお願いします。

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2009年5月10日 (日)

鶴見線、大川駅

2009591_w Camera: Fuji GF670, lens : EBC Fujinon 80mm F3.5, film : TMY2, EI=400, Micro fine

先日、鶴見線の記事で大川支線への電車は武蔵白石駅を無視する、と書きましたが、実は、昔は大川支線への始発駅は武蔵白石駅だったのです。

敷地が狭いので、狭く短いホームと、短い古い電車で運行しておりましたが、電車が古くなり、ホームを撤去して近代的な電車で鶴見から直通運転をして、武蔵白石駅を無視するようになったのです。

先日、鶴見線を歩いた時、大川駅にも行けばよかったのですが、原則「電車がなかなか来ないので、歩いてしまおう」という事だったので、最初から電車が来ない大川支線へは行くことが無かったのです。

というものの、なんだかんだで鶴見線をほぼ全線走破して大川支線だけ行かないのは気になったので、車で訪ねてみました。車だと、当たり前ですが、楽です。

2009592_w 大川支線はもともと、色々な会社に専用線が引かれ、貨物輸送を目的として使われていました。しかし2008年からその貨物も無くなり、本当に閑散としております。上の行き止まりの先は日清製粉につながっていて、また、分岐した手前、下の方は昭和電工につながっておりました。

2009593_w 貨物の入れ替えの時は、手動で踏切を閉鎖したものと思われます。

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2009年5月 7日 (木)

今朝の横須賀線

2009571_w_2 Camera : Contax G1, Lens : Biogon 28mm F2.8, Film : Kodak Aerecon II, PC-TEA

今朝、通勤の為鶴見駅に着くと、何か異様な気配が漂っておりました。「嫌だなぁ、連休明けで誰か飛び込んじまったのかなぁ」ととりあえず改札をくぐると、駅の放送がありました。

横須賀線の車両点検のために京浜東北線の運転を見合わせているとのこと。何で横須賀線の車両点検で京浜東北が止まるのだ、と思いつつ、京浜急行に振り替え輸送しているとのことで、振替乗車票をもらって京急へ。

ところがJR鶴見駅から京急鶴見駅まで人がつながっております。そこで覚悟を決めてJRが動くまで待とうと思い、ホームへ下りました。

ホームに下りると、横須賀線の線路で電車が止まっておりました。電車の中の人を見ると疲れていらだっているのが解ります。相当長くカンズメにされているのです。この段階で私のいらいらは消え、相対的にココロの平穏が訪れました。あー、自分はなんてラッキーなのだと。コーヒーでも飲もうと。

コーヒーを飲んでまたホームに戻るとまだ電車は止まっておりましたが、乗客は電車から救出されておりました。しかし、電車は駅に止まっているのに、何故乗客は線路を歩くのでしょう。おそらくかなり先の踏切まで歩くことになるのですが、何故駅のホームに上がらないのでしょう。

2009572_w 京浜東北線が止まった理由は、おそらく、横須賀線の乗客を線路に誘導する為です。せっかく電車を止めたのだから、最短距離で駅に誘導してもよさそうなものですが、不思議です。

結局、私は、この後バスで川崎に出て、東海道線に乗り換えました。これだけ長く止まったのは数年前、大雪でパンタグラフが下りて立ち往生した時以来のような気がします。雪なら仕方ないけど、今朝のは許せない。

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2009年5月 6日 (水)

休日の鶴見線

R0012193_w Camera : Ricoh GX100, Lens : Ricoh Zoom 5.1-25.3mm F2.5-4.4

先日、休日の鶴見線におじさん仲間と訪ねてみました。驚いたことに、GWの鶴見線は観光客でそれなりに賑わっていました。

R0012184_w 休日の鶴見線は30分に一本くらいの運転間隔なので、鶴見駅から国道駅には歩いて行ってもよいでしょう。鶴見線探索の旅で国道駅は外せません。ただし、日中でも暗いので写真を撮るのは困難かも。

来た列車は海芝浦行きでしたので、終着駅まで乗ります。海芝浦は東芝の敷地なので、駅から出れない駅?として有名です。(表題の写真)

R0012196_w 駅には、ちょっとした公園もあるので、ここで時間をつぶし、必ず乗ってきた電車に乗ります。これは鶴見線探索の基本です。ちなみに、ちゃんとSuikaで出場記録と入場記録をしましょうね。

R0012199_w 海芝浦から浅野駅で扇島駅方向の電車に乗り換えます。浅野駅はホームが三角形ですが、この乗り換えにはホームの踏切を渡る必要があるので、駅であまりうろうろすると乗り遅れます。鶴見線は一本乗り遅れると大変なことになるので、注意しましょう。

R0012219_w 安善駅からは大川支線が分かれますが、この列車は一日3本。朝以外は17:54分安全駅発以外は考えられません。写真は安善駅の隣の武蔵白石駅ですが、大川支線は一番向こうの線路、ここまで来ていて、この駅を無視します。

R0012239_w 安善駅から扇島まで、今回は歩いて行きましたが、NKKの工場があるおかげで、随分遠回りになります。

R0012248 扇駅はJR貨物の駅舎でJR東日本はその一部を使わせてもらっている感じです。線路は沢山ありますが、旅客用は一本だけ。ここにはネコが住み着いていて、それなりに可愛がられているようです。これは昨日の写真の後、列車が着くとこんな感じです。

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