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2012年1月12日 (木)

Super takumar 55mm F1.8

Dscf3156_w 今や使いもしないカメラ機材に囲まれている私ですが、昔はカメラボディはペンタックスSL、レンズはスーパー タクマー55mmF1.8一本で、良い写真を撮りたいと願っていた、そんな時代もありました。

当時のペンタックスSLはもう壊れてしまいましたが、スーパータクマー55mmは今でも手元にあります。昔、落下事故をおこして枠がゆがんでフィルターはつけれなくなっておりますが、レンズに異常は無いと思っております。

このレンズは私にとって、ソウルフードならぬソウルレンズであり、最も大切にしているレンズの一つであります。カメラ屋に行けばもっと綺麗な中古品を2,3千円で売っているでしょうけど。

とにかく、私にはソウルレンズであるので、このレンズを持ち出すと、昔の光にまた出会える気がして、カメラを手にするモチベーションの一つにもなっております。

このレンズを付けるカメラですが、今のところNEX-5nとの組み合わせが気に入っております。NEXには明るいレンズが無いので、その部分を補完することにもなるしね。それに、このカメラにはMFアシスト機能があり、ピント合わせが易く、下手なAPS-Cのデジタル一眼の小さな素通しファインダーよりピントの確認が楽です。フルサイズ一眼の5Dもありますが、NEX-5nの気安さには勝てません。

肝心の写りですが、1610万画素のCMOSに対して全く余裕。これは素子の画素数に関係なくそうでしょう。絞りを開放にしても合焦部は素晴らしい解像をします。そこからのボケ方も素直で自然。いろいろな面でこのレンズは素直で自然です。

そもそも、このレンズは普及版一眼レフのPentax用、そして、二種類用意された標準レンズのうちの廉価版。基本設計は50年以上前ですから、定番中の定番レンズ。おそらく山ほど製造され、出回ったレンズでしょう。

しかし、基本性能は高く、現在のデジカメと組み合わせても特徴が生きてくるレンズに思えます。特に絞りを開放にした時の描写は、デジタルでこそ実力を発揮できたるものでは無いでしょうか。

Camera : NEX-5n, Lens : Super Takumar 55mm F1.8,  @F1.8

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コメント

学生時代、同級のクラブ員はペンタックス特にタクマーは甘くて使えないと事ある毎に断言していました。
私は使ったことがないもので、拝聴していただけでしたが、ここ数年この世の物とも思えないほど安価に落ちたSPやSVに付属するSMCやSuper55を味見して、決して同級生が公言していた内容は事実でないことが実感できました。最近は程度のよいジャンクを確保しては整備し、銀塩を所持していない後輩に渡しています。安心して全紙に伸ばせるからと言い添えて。

投稿: lensmania | 2012年1月12日 (木) 22時05分

lensmania さま今晩は

デジタルでいろいろ使ってみると、このレンズ、解像度だけでなく色収差も少なく実に優秀で使い易いレンズであります。

それに開放だと、うっすら光が滲んでその加減も好ましい。

何よりこういうレンズの金属の質感は良いですね。
当時の日本には、こんなレンズが高レベルで競争していたと思うと胸熱です。

投稿: kk | 2012年1月12日 (木) 22時58分

このレンズには悲しくも懐かしい思い出があります。
一番上の兄貴は電電公社の部長でした、そして電電公社山岳部の顧問でもありました。
その山岳部は戦後のまだ豊かでない時代にヒマラヤ登頂を目指して努力をしていました。
ところがです。
ある正月元旦兄貴は友人と九重山にチョイと登って山頂付近で吹雪に遭い、ほかの登山者たちに正しい下り道を教えた直後にさらに山頂をめざし遭難し、古い人間しか知らない旧道を下り、友人が足を踏み外し谷に落ちてしまったのです。
ホテルが用意した昼の弁当しか用意していなかったのですぐに遭難したとわかり捜索隊が結成され、零下20度以下になるという稀にみる悪天候が続き軽装の二人は1日か2日で死んだものと思っていました。
兄は10日まで救助を待ち、岩波新書の「明治維新の哲学」だったかに小枝の消えた木炭で日記をつけていました。
最後には自ら命を絶ちましたが発見されたのは5月になってからでした。
その兄が山に残した愛用だったペンタックスのレンズなどは凍結でバリバリに割れて壊れていましたが吹雪の中で友人と山頂に立った姿が最後の駒となって残されていました。

投稿: 610 | 2012年1月13日 (金) 22時13分

610さま今晩は

お兄様のお話、壮絶ですね。
食料も無いまま酷寒の中で救助を待つなんて、考えただけで震えがきます。

やはり610さまは写真と縁があるのですよ。

投稿: kk | 2012年1月13日 (金) 23時13分

こんばんは。
ボケも綺麗で上手く写ってますね。
この焦点距離の単焦点レンズは無理が無く作りやすいんでしょうね。

投稿: ken | 2012年1月13日 (金) 23時36分

ken さま今晩は

無理が無く、とても自然ですね。
35mm一眼の標準レンズって当時にはもう成熟していたように思われます。

投稿: kk | 2012年1月14日 (土) 20時46分

兄が亡くなるまでの8日間、文庫本に小枝の燃え残りの炭で書いた日記というか遺書は僕が解読しましたが身内ながら沈着で見事な文章に涙が止まりませんでした。
翌年だったかヒマラヤに登頂成功した電電公社山岳隊の記録出版に遺文が掲載されました。

投稿: 610 | 2012年1月14日 (土) 20時57分

610 さま今晩は

610さまをはじめ、兄弟のみなさまは優秀な方々でしょう。
まねできないなぁ....。


もとい、そういう状況に遭わない凡人で幸せ。

投稿: kk | 2012年1月14日 (土) 22時35分

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