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2011年1月29日 (土)

駅中のコーヒーショップ

Dsc03760_w JR東日本は、鉄道輸送以外での収益拡大を目指し、「駅中」事業を進めており、ショッピング、飲食店を誘致しております。

この方針に賛否両論あるでしょうが、鉄ヲタとしては、列車を見ながらコーヒーを飲めるのは嬉しいことです。

写真のコーヒーショップはJR秋田駅の自由通路の上、4番線ホームの上あたりにあるものですが、なかなか良いロケーションです。

本当のところ欲を言えば、2番線3番線の上に作って欲しかったなぁ。

と言うのは、2番線3番線の間には中間線があり、そこを貨物列車が通るのです。

コーヒーを飲みながら、貨物列車をのんびり眺めることが出来るなんて、最高の状況だと思うのですがどうでしょう。最も、最近の貨物列車は貨車の種類が無くなり、コンテナかタンクかどちらかになってしまって、かつてのように、貨車の種類によって積荷を想像する楽しみは無くなってしまいましたが。

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2011年1月25日 (火)

キ100型 ラッセル車

Dsc03700_w 昔、北国の駅には、鉄仮面のような車両が留置されていて、けだるい夏も、凍える冬も、車両の周りには不思議な空間を作っておりました。

その車両はキ100型ラッセル車と言い、蒸気機関車が全盛の頃の国鉄の標準ラッセル車でした。

このラッセル車はJRにはもうありませんが、私鉄に譲渡されたものを現在でも見ることが出来ます。

表題の写真は津軽鉄道のキ101。鉄道省大宮工場の製造者マークも残る車両です。このラッセル車はもうラッセル車としては使われておりませんが、イベント用に動くことがあります。

Dsc03728_w 次の写真は弘南鉄道の弘南線のキ104です。写真で見れるとおり現役で、冬の間は黒石駅で待機しております。

Dsc03560_w そして、この写真は弘南鉄道の大鰐線のキ105です。ED221とペアーで冬の間大鰐駅で待機しております。

この日は前日から雪が降ったり、晴れたりの天気でしたが、ラッセル車の出動はありませんでした。何でも前々日に走ったばかりとの事。ラッセル車の運行が見れるのは完全に運ですから、雪まみれで待機する姿が見れただけで好しとしましょう。

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2011年1月23日 (日)

大人の休日鉄

Dsc03754_w JR東日本の大人の休日切符が買えたので、この切符を利用して実家の雪下ろしをしに帰省しました。

今年の冬はとにかく寒くて、降った雪が融けない。大きなつららも下がり危険だし、安い切符もあるので、屋根の雪下ろしを計画したのです。

もちろん、それだけではこの切符はもったいないので、随分遠回りをして帰省しましたけど。

それにしても、道中よく見かけたのが、大人の鉄であります。この季節、鉄のあつまりそうなところには、何処にでも、50歳以上の、「大人の休日切符」が買える大人が居りました。

この大人の鉄は鉄のジャンルで言う「乗り鉄」に属する人が多いようです。

この切符は特急、新幹線も乗り放題な事、いまの季節は列車に乗って車窓を眺める旅行が一番楽チンな事、もあるでしょうが、弘南鉄道のラッセル車が留置されている大鰐おんせん駅とか黒石駅とかで結構な大人がいる様子はただものではありません。

まあ、私も、人の事言えませんが。

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2011年1月16日 (日)

哲学の道

201101003002_w Camera : Fuji GF670, Lens : EBC Fujinon 80mm F3.5, Film : Rollei Retro400s, HC110,IR72

銀閣寺に行く時は、京都市営バスで哲学の道というところで降りて、哲学の道を歩いて、入る歩き方が好きです。

「哲学の道」とは全く素晴らしい名前で、ここを歩くだけで頭がよくなる錯覚にとらわれるのですが、古くからある名前ではなく、正式には1972年だそうです。

ただ、それまでも自然発生的に、この名称か似た名称で呼ばれていたようですから、観光のためにとってつけた名前ではありません。

この道が、このような名称で呼ばれた謂れは、哲学者の西田幾多郎がこの道を散策しながら思索にふけったことによるもののようです。

西田幾多郎の著作は「善の研究」が有名で、私も高校生の頃読みかけましたが、数ページで「.............これが哲学ちゅうもんなのか」と自分なりの納得をして、それ以来関わらないことにしております。

あの頃、もし、哲学の道が私の近くにあれば、もう数ページ読み進むこともできたかも知れません。

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2011年1月15日 (土)

外付けHDDが逝った日

197101002_w 本日、起きてみると、デジカメで撮った写真を保存していたHDDが逝っておりました。何とか修復しようとしてみましたがダメです。この次はデータ修復ソフトを買って修復を試してみます。それがダメなら修復屋に頼むしかありません。

バックアップをしてあるものもありますが、区別がつかないので、なんとしても修復したいものです。

それにしても、デジタルデーターは脆いですね。おそらくハード的にも、そして画像データも壊れていないのでしょうが、パーティションが壊れると、まったくアクセスできなくなってしまいます。

その為、バックアップが必要なのですが、面倒なので、怠ってしまいます。こういう風に痛い目にあって始めて後悔する訳です。

そんな時、私のお嫁さんが「家を片付けていたらこんなモンが出てきた」と言って数枚の写真を持ってきました。

「誰だか解る?」「性格の悪そうなきつい顔をしているから、貴女でしょう」「凛々しいって言うでしょ」「根性きつそうなガキ、おばあちゃん家?」「おばあちゃん家」「71Jとあるから、1971年1月の写真じゃね?お正月?」「たぶん、お茶会」「はい?」。

何でも、彼女は子供の頃、一時祖母にお茶を習っていたことがあるようです。彼女の性格では、当然ですが、すぐ挫折し、嫌な出来事として記憶から削除されていたモノのようです。でも、そんな写真がポロッと40年経って出てきました。本人も、覚えて居ないのに、写真が出てきたおかげで、自分の知らない昔の私、みたいなモノと出合った訳です。

今は、デジカメのおかげで、ばしばし写真を撮り、大量の写真が小さなハードディスク1つに収まります。ただ、このハードディスクの写真は何十年後に、一枚ポロッと出てくるなんてことは決してありません。逆に全部消えてなくなる可能性の方が大です。

本日は何時にも増して、銀塩写真のありがたさに気がついた次第です。とは言え、あのHDDは絶対修復しますよ。でないと虚しすぎる。

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2011年1月 9日 (日)

四天王御江戸鏑

Dscf1490_w 今月は国立劇場で、復活顔見世狂言がかかっているので楽しみにしておりました。

顔見世狂言と言うのは、昔の江戸三座で新しい座組みが出来ると、そのお披露目の目的で組まれた芝居のことで、いくつかのお約束のもとで、それぞれの役者に花を持たせて、マンネリな趣向でしかし毎回新しい脚本で、上演されていたお芝居のことです。

それらの多くは、現代の鑑賞に堪えられないと言われておりますが、私は、かつて、市川猿之助丈が1996年の国立劇場で「四天王楓江戸粧」を当時の顔見世の通りに演じた芝居の印象が強烈に残っており、今月の四天王御江戸鏑にも期待をかけていたのです。

しかし、今日観劇した限りにおいては、期待ハズレでありました。もちろん、菊五郎丈をはじめとした役者さんに問題がある訳ではなく、そもそも大本の芝居が面白くない。面白くない話をいくら凝った演出をしても、綺麗な舞台装置を使っても空回り感が強くなるだけです。

「四天王楓江戸粧」は1804年に鶴屋南北が立作者となって書いた芝居、「四天王御江戸鏑」は1815年に福森久助が立作者となって書いた芝居です。

当時はライバルだったのかも知れませんが、4世鶴屋南北は現代の感覚でもあっと驚く斬新な展開があったり、耽美的な退廃感があったり、ワクワクするような大悪人が出てきたりするのですが、今回の芝居ではそんなものはかけらも出てきません。歌舞伎の脚本は補綴という作業によってある程度、書き換えられますが、あくまでも補綴であるので、土台になるものがつまらなければ、救いようがありません。

4世鶴屋南北の土台なら、この新しい演出によって、また、舞台装置によって、さらに役者の演技によって素晴らしい世界を作ってくれたものと思われます。

ああ、「四天王楓江戸粧」をもう一度見たい。それは無理でもせめて、鶴屋南北の顔見世狂言「 四天王産湯玉川」の一番目と「戻橋背御摂」の二番目を綯交ぜにした「御贔屓繋馬」をもう一度見たいなぁ。

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2011年1月 8日 (土)

山中の門

201012010003_w Camera : Fuji GF670, Lens : EBC Fujinon 80mm F3.5, Film : Rollei retro400s, HC-110, IR72

私の原風景、子供の頃慣れ親しんで来た風景に山中に突然現われる門があります。子供の頃、野山で遊んでいると、獣道のような細い道の向こうに家門がある家があり、ミステリアスでもあり不気味でもありました。

その家門以外は鬱蒼とした林に覆われており、中がどうなっているのか伺う余地も無い。

こういう記憶は年とともに神秘化していきますが、実際は、裏山でクルミの大木に向かって、石や木の枝を投げて落とそうとしていた悪がきが、草庵に住むおじいさんに怒られていただけのことです。

ただ、現在では、車も入れない山奥に、草庵みたいな建物を建てて人が住んでいる状況など、めったに見られることはありません。

私が見ていた家も今は無く、子供は街中に家を建て、その場所は林にもどりつつあるようです。

ただ、子供の頃のイメージは残っており、そのイメージは年とともに美化されて来るようです。そして、そのイメージを具体的に残したいと思うようです。表題の写真は金閣寺の庭ですが、実際私が見ていた門は、こんな綺麗な門ではありませんでした。それでも、コレダと、思ってしまうのです。

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2011年1月 3日 (月)

ソシンロウバイの切花

Dsc03424_w 新春用に日本水仙かスイートピーの切花が欲しくて花屋さんに出かけたら、あいにく売り切れになっていて代わりにソシンロウバイを買ってきました。とても良心的な価格(2m以上の枝2本で1500円!)でしたが、いささか大きすぎて搬入に苦労しました。それでも、なんとか車(モビリオスパイク)に詰め運びました。

家に入れると、大きすぎて置く場所も無く、仕方なくコンサーバトリーの中に入れました。花屋さんで見た時には、いける、と思ったのですが....。

コンサーバトリーとは、家と直結された温室で、植物を保護するという目的で作られたものですが、本場の英国では洗濯の乾燥室としても使われているようです。ウチでは植物の保護用と物置で使っております。コンサーバトリーについては何時か書きたいと思いますが、横浜で英国のコンサーバトリーはいささか辛く、私以外の家族は近寄ることもしません.....。

コンサーバトリーの中は、夏場は、全ての生き物が生息できない灼熱地獄になるのですが、冬場の日中はコンサーバトリーと家屋の間の扉を開けると、家中がぽかぽかに温まります。

特に今は、ソシンロウバイの切花を置いているので、暖気がソシンロウバイの香りとともに循環して、とても良い感じです。

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2011年1月 1日 (土)

謹賀新年

Dsc03383_w_2 新年明けまして、おめでとうございます。

今年はどんな年になるのかなぁ。

そこそこ穏やかな年になって欲しいものです。

今年もよろしくお願いもうしあげます。

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