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2009年12月10日 (木)

祝 C6120 復活

C6120_w はじめに、この写真は私が撮ったものではありません。私の先輩が撮ったものです。それを私が大切に保管しておりました。

1971年3月秋田付近を走る、大阪発青森行の荷物列車2047レです。牽引機はもちろんC6120です。この列車は秋田までがたぶんDF50、秋田から青森までがC61の牽引です。

当時はこんな、貨物列車ではない荷物列車というものがあったのです。青森には22時25分に到着ですから、荷物車の多くは青函連絡船に入り、函館発5時33分、荷物列車41レとして函館本線の山線をD51に牽引され札幌に向かったものと、想像出来ます。

今思うと、ワクワクするようなスジですね。ちなみに、この列車の上りは秋田から新津まで、秋田に乗り入れていた唯一のC57が牽いて、新津に帰っていたようです。

このたび、めでたくC6120が復活することになり、高崎を拠点に活躍するというニュースが流れました。

しかし、当然、秋田、青森間の奥羽本線にも帰ってくることがあると思います。矢立峠を旧客を牽いてC6120が駆けて行く姿など、想像しただけで悶絶ものです。

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コメント

流し撮りの技も冴え渡った素晴らしい画像ですね。
こういうのを拝見すると、写真っていいなぁ大切だなぁ
と感心します。
この荷物車の運用は所要4本ぐらいないとまかなえない
運用時分だったのでしょうね。

投稿: SCR | 2009年12月12日 (土) 21時51分

SCRさま今晩は

この列車がここを通過する時間は17時40分くらい、流し撮りしか選択は無かったのでしょうが、見事ですね。

この頃自分はまだ小学生、でもC61が牽引している客車に乗車した記憶があります。

荷物車の面白いところは、始発駅も終着駅も旅客駅で、人が乗らない客車の扱いだったということでしょうか。

投稿: kk | 2009年12月12日 (土) 22時24分

こんばんは。

D51 498が長期間にわたってボイラーの不具合に
より休車状態になっていた矢先に、このC6120の
復活の噂話が出ましたよね。でも、D51 498が復
活したので、C6120の復活話はどうなるかと心配
していましたが、ようやく、正式にC6120の復活
が決定して何よりですね。
このC6120は、NHKテレビの『新日本紀行』の
「三重連の峠~秋田・青森県境 矢立峠」の回で
も、大館機関区でのSL撮影会のシーンのところ
で、D511号機などと一緒に出てきていますよ。

ところで、大阪-青森間で運転されていた荷物列
車2047レと2048レ(のちの4047レと4048レ)の
SLブームの頃の牽引機ですが、秋田-青森間は
C61で、新津-秋田間(羽越本線)はC57 or D
51であったそうです。
ただし、奥羽本線の秋田-青森間が電化されてか
らは、蒸機の牽引は羽越本線だけとなり、それも
1972年3月のダイヤ改正で列車番号が変更される
とともにC57の定期運用がなくなったため、同年
10月のダイヤ改正により日本海縦貫線の電化が完
成するまでの間は、D51が牽引するようになったそうです。

投稿: 荒野の素浪人 | 2009年12月16日 (水) 22時01分

荒野の素浪人さま今晩は

あの新日本紀行は復活版でみたことがあります。でもC6120は気が付きませんでした。また再放送あるかなぁ。

私も友達も丁度その頃消えて行く蒸気機関車に魅せられたのですが、秋田にC57が居たとか居ないとか噂が飛び交いました。1972年の3月までは確かに1日1往復の運用があったからですね。手元の資料だと821列車で秋田に夜やってきて翌日の早朝2048列車で帰って行く。先輩達にとっても幻のC57だったようです。

C6120は何時か矢立に来てくれるのではないかと思います。大館と弘前にはターンテーブルも残っているので、この間を是非走って欲しいなぁ。

投稿: kk | 2009年12月16日 (水) 23時03分

蒸気機関車時代の奥羽本線の秋田-青森間と羽越
本線で運用されていたDF50は、秋田機関区に配
置されていましたが、秋田・青森県境の矢立峠越
えの区間(陣場-津軽湯の沢間)が長大トンネル
の矢立トンネルで峠を越える新線に切り替わった
1970年の秋頃までに、西日本地区の非電化の地方
幹線の機関区に転属となったそうです。
したがって、管理人さんがこの写真を撮影された
1971年3月当時の時点では、2047レは、羽越本線
内では、おそらく、D51かDD51が牽引していた
のではないかと推測されますね。

投稿: 荒野の素浪人 | 2009年12月22日 (火) 17時26分

荒野の素浪人さま今晩は

凄い。ありがとうございます。
DF50と言えば、上京する時の急行列車を牽引していて、子供心にカッコいいなぁ、と強く印象に残っておりました。

投稿: kk | 2009年12月22日 (火) 21時04分

そういえば、この写真が撮影された1971年3月の時点で
は、奥羽本線の秋田・青森県境の矢立峠越えの区間(陣
場-津軽湯の沢間)は、前年の11月に、複線の長大トン
ネルである矢立トンネルを通る新線に切り替わっていま
すよね。
新線に切り替わってからの矢立峠越えの区間でC6120号
機牽引の普通列車を撮影された方が開設されているブロ
グにも、その写真が掲載されているのですが、その方に
「1971年の時点では、新線に切り替わってからのC61牽
引の普通列車は、D51の後部補機を連結して矢立峠を越
えていたのでしょうか。それとも、補機なしの単機牽引
で矢立峠を越えていたのでしょうか」という質問を投稿
したところ、「C61牽引の普通列車は、ほとんどが補機
なしの単機牽引となっていました」というご回答をいた
だきました。

投稿: 荒野の素浪人 | 2010年1月 5日 (火) 20時52分

荒野の素浪人 さま今晩は

私、その当時写真はまだ撮ってませんでしたが、乗った記憶が残っております。

何か、大きくて格好良い機関車が大館駅に入ってくる記憶。
そして、何故か大館駅では方向感覚が狂う記憶。

今思うと、不思議です。

投稿: kk | 2010年1月 5日 (火) 21時28分

KK様、お世話になっています。

例のブログというのは、まこべえ様が開設されている、
『光と風のなかへ&追憶の鉄路』というブログです。
そのブログの中の「勇姿再び」という記事で、C6120号
機の復活について取り上げていて、管理人のまこべえ様
が、矢立峠越えの区間の新線への切り替え(1970年11月
15日)直後の1971年3月22日に、新線に切り替えられた
矢立峠越えの区間(碇ヶ関-陣場間)で撮影されたC61
20号機牽引の客レ(普通列車)の写真も掲載されている
のですが、私の質問に対し、まこべえ様は、「この時点
では、すでにC61牽引の普通列車は、補機なしの単機牽
引で、新線に切り替えられた矢立峠を越えるようになっ
ていました」と回答されました。
その記事に掲載されている例のC6120号機牽引の客レの
写真を見ても、列車の最後尾の客車の後ろには、後部補
機を連結しているようには見えないので、補機なしの単
機牽引ということになるのでしょうね。

http://makobei2008.blog82.fc2.com/blog-
entry-285.html
(「『光と風のなかへ&追憶の鉄路』~【勇姿ふたた
び】」)

投稿: 荒野の素浪人 | 2010年1月 7日 (木) 01時05分

荒野の素浪人さま今晩は

あのBlog見てまいりました。羨ましい。あの当時、もう少し早く生まれていれば、と悔やんだことを思い出しました。

投稿: kk | 2010年1月 7日 (木) 21時17分

kkさん、お久しぶりです。

実は、「電気屋」さんという方も、矢立峠越えの区間が新線に切り替えられ、奥羽本線の秋田-青森間の電化開業も間近の1991年9月に、同本線の大館-碇ヶ関間でC61牽引の客車列車やD51牽引の貨物列車を撮影されたそうですが、碇ヶ関駅では、C6120号機牽引の下り青森方面行き客レとC6119号機牽引の上り秋田方面行き客レの
交換を撮影されたということです。
その写真も、矢立峠越えの区間が新線に切り替えられてからは、C61牽引の客レは、補機なしの単機牽引で峠を越えていたという証拠を示す貴重な写真であります。

その写真が掲載されている「電気屋」さんのブログの記事のページのURLを紹介しておきますので、よろしければ、ぜひ、ご覧になってみて下さると幸いです。

「『電気屋の鉄道ブログ(新館)』【1971年9月6日、奥羽本線碇ヶ関駅に到着発車するC61牽引客車列車」】
(http://blogs.yahoo.co.jp/denkiyatitibu/11422490.html)

投稿: 荒野の素浪人 | 2010年1月12日 (火) 15時20分

荒野の素浪人 さま今晩は

教えていただいたBlogを拝見しました。
碇ヶ関の駅も当時は列車の交換やら退避やら、大賑わいでしたね。
今でも特急停車駅ですが、当時の賑わいからすると、寂しくなりました。

投稿: kk | 2010年1月12日 (火) 21時19分

訂正がありますので、ここに書いておきます。

・誤  奥羽本線の秋田-青森間の電化開業も間近の1991年9月に

・正  奥羽本線の秋田-青森間の電化開業も間近の1971年9月に

投稿: 荒野の素浪人 | 2011年9月16日 (金) 23時15分

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