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2008年3月31日 (月)

赤いダースベーダー、OBB Taurus

Img_3267_w 旅行も終わり。後は、ウィーンの空港から帰るだけです。ウィーンの地図とかガイドを持っていなかったので一番オーソドックスなシティ エアー ターミナル(CAT)からの列車で空港に向かいます。CATは国鉄のMitte駅の側で、直結するMitte駅から空港直通の列車があります。この列車は国鉄の線路を走るものの運行する会社は別なので、ユーレイルパスでは乗れません。別料金が必要です。

大した設備があるわけでなく、またMitte自体がアクセスしにくいところなので、ウィーンと空港はバスか、普通の国鉄の列車の方が便利だと思います。ただ、帰路で、機内持ち込みをしない荷物があるならば、ここでチェックインした方が便利かも知れません。

実は、先ほどの列車もCAT(City Airport Train)と言って紛らわしいのですが、空港まで、二階建て客車をオーストリア国鉄の1016型機関車がプッシュして行きます。

なるべく1016型の音を良い状況で聞きたかったので、最後尾のロングシートに座ります。Img_2549_w 1016型機関車は、ジーメンス製のVVVF制御の高性能万用機関車のことで、交流25000Vにも対応する兄弟が1116型、さらに、左の写真にある、直流3000Vにも対応する兄弟が1216型と言います。いずれも外観は同じで愛称はトーラス(Taurus)。トーラスは牡牛座の事らしいのですが、どんな意味でこの名前がついたのでしょう。私に言わせれば、牡牛座というより、スターウォーズのダースベーダー。あえて、赤い彗星もとい、赤いダースベーダーと呼びたいところです。

さらにこの機関車はジーメンスのGTO素子式VVVFインバーター制御装置を使っているので、出発時には京急の2100系のように歌います。

京急の2100系は、同じジーメンスの制御装置でもチューニングが違うのか、ファソラシドレミファーと一気に歌いあがるのですが、トーラス型機関車は出だしがもっと低音で、しかも間延びしています。

京急2100系の音色も良いのですが、トーラスの音色はいかにも機関車らしく、力強く、トルクフルな感じで頼もしいものです。

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2008年3月30日 (日)

プラハのスナップ

Img_2882_w いろいろ綺麗な街はあるのですが、そのなかでプラハは特別です。街の案内はいくらでもあるので、撮ったスナップ写真を並べてみます(というか、そこがなんと言う名前なのかはっきり解らないので..)

Img_2844_w カレル橋という有名な橋で。いろんな物売りや、芸人がこの橋で商売をしておりますが、一番人気は似顔絵のようです。この人上手ですねぇ。

Img_2848_w 触ると何か良いことがあるのでしょうか

Img_2860_w プラハもトラム王国です、そしてセンスも良い

Img_2885_w 普通のKava(コーヒー)。ネスカフェ?カプチーノ?ノーマル?と聞かれたような気がして、ノーマルと答えたように記憶しているのですが。でも正解。とても美味しかった。かき混ぜて粉が沈んだところで飲みましょう。

Img_2886_w 無愛想なオヤジが一人でやっている駄菓子屋みたいなところでしたが、素朴な美味しさと値段の安さに感動して次から次と注文、完食。今旅行のSweetsナンバー1文句なし。

Img_2914_w 建物に夕日が反射して、モルダウが輝きます。

Img_2923_w 大きな犬の飼い主はおばさん、小さな犬の飼い主はおじさん。美しい夕暮れ。

Img_2951_w カレル橋の手前をトラムが横切ります。トラムと車が順序良く通り抜けます。

Img_2962_w 夕闇が迫ります。

Img_2965_w このカカオをまぶしたあつあつのアーモンド、美味しいですよ。

Img_3021_w プラハでは観光客相手のミニクラシックコンサートがあります。曲目はポピュラーな曲ばかりですが、侮ってはいけません。素晴らしい演奏です。ただ冬の間は暖房が効く小チャペルで行なうのが残念。コート着用で本堂の反響を聞きたいところです。

Img_3033_w プラハで一番有名な広場でしょう。冬の夜なのに、まだまだこれからっ、みたいな感じです。

Img_3043_w 有名な時計台。広角側24mmで撮っているのでなんとか止まりました。

Img_3053_w フスの像らしいです。もう少し他の構図があると思うのですが、ゴーストを避けて手持ちで止めるにはこれが限界。望遠側は全滅。ISO400,F5.6,1/1なのですが、何故ISOを上げるか、絞りを開けなかったのか今となっては不思議。

Img_3075_w 朝はひっそりのカレル橋。みんな夜遅くまで騒ぎすぎ。

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2008年3月29日 (土)

ウィーンとプラハを結ぶ鉄道

Img_2740_w ウィーンからプラハを往復します。本当は行きと帰りを別ルートにしたかったのですが、時間と料金を考えて往復にしました。またこの間には夜行列車も走っているのですが、これにしても個室寝台にすると今の時期ではホテルより高くなります。結局ウィーンのホテルに泊まって朝早くのオストゼーバート・ビンツ Ostseebad Binz 行きECに乗ることにしました。列車は出発してしばらくするとスロバキアとの国境付近のモラヴァ川の湿地を走ります。2007年の12月からチェコもスロバキアもシェンゲン協定に加盟してパスポートコントロールが無くなっておりますが、まだ、監視施設のようなものが見られます。

プラハに行くには、ユーレイルパスのほかにプラハエクステンションパスが必要になります。このパスはユーレイルパス圏内からチェコの国境を経てプラハにいたり、またその逆について有効です。セコイことを言えば国境までの距離が長いほどお得なので、ウィーンとプラハの間は価値があると思います。

朝6時すぎにウィーン南駅で乗る列車を探します、乗った車両はチェコ国鉄のものですが、なんとなくDBかOBBに似ております。新しく快適なのですが、似た塗装ばかりになるのは面白みにかけます。
牽引する機関車は確認できませんでしたが、1116系で間違いないでしょう。
車窓は広い穀倉地帯を走るか、ちょっとした森のなかを走るかどちらかです。美しい車窓ではありますが、変化に乏しいので自然に、駅に止まっている機関車や客車、貨車ばかりに目が行きます。

Img_2748_w チェコの電化は基本的に直流3000Vの電化で南部のオーストリアとの国境付近が交流25000Vです、そのためチェコに入るとBreclav で機関車は交換になります。チェコの電気機関車はClass1xxが直流Class2xxが交流、Class3xxが交直両用です。窓の外で止まっているClass230を見ると、大丈夫かよ、という気分になります。

Img_2770_w 実は、この列車はBrnoの駅で立ち往生してしまいました。しばらくして動き出しましたが、エンジントラブルがあったと放送が入りました。窓から先頭車を見ると電気機関車の重連で運転されております。ここの線形からみると、通常はこの程度の牽引で重連を組む必要はなさそうなので、明らかに1台は救援です。

Img_2827_w プラハに着いて早速見に行きましたが、後ろについていたのがCLASS350スロバキアの機関車です。この機関車は直流3000Vと交流25000Vの両用機関車で、「ゴリラ」の異名を持つハイパワーで、最高速も160Kmまで出せます。ただ全機がスロバキア国鉄に所属し、チェコ国鉄が保有する機関車ではありません。しかし、ECは要求が厳しいので、この線区を走れて、最もパワーのある機関車を借りて運用しているのでしょう。

Img_2826_w 前についていたのがチェコのCLASS363かその改良型の362、おそらく高速走行対応している362の方でしょう。

プラハでこの重連は外され、ここからドレスデンまでCLASS372か、高速走行改良型の371が牽引します。今度はDC3000VとAC15000Vの交直両用機関車が必要なのです。

Img_3090_w 翌日プラハからの帰りはスーパーシティという新鋭の特急電車でした。列車の名前はスメタナ号といい、車内放送のチャイムがモルダウをアレンジした曲です。このスーパーシティーの電車はClass680ペンドリーノと呼ぶのですが、どこかで聞いたことがあると思ったらイタリア鉄道の振り子電車です。基本設計はスイスに乗り入れるETR470をベースに、オーストリアとスロバキアに乗り入れるためDC3000V、AC15000V,AC25000Vの3電源に対応できます。

Img_3095_w 私はプラハからウィーンまで特に線形が悪いとは思えず、振り子電車の効果はどうよ、と思っていたのですが、少なくとも機関車の交換がない分、明らかにこの電車はメリットがあります。ファーストクラスに乗ると、飲み物やスナックのサービスがあって、得した気分になります。

Img_3113_w この写真は帰りの車窓に湖らしいものが見えたので撮ったものですが、vodni nadrzでしょうか。今回、チェコはこれで最後ですが、秋の景色も見てみたいものです。

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2008年3月28日 (金)

結局、本日はラッキーでした

Img_2684_w シュタイナッハ・イルドニング(Stainach-Irdning )を出た列車はゼルツタール(Selzthal)で方向を変えます、ゼルツタールは交通の要所であるらしく、蒸気機関車が保存されラウンドハウスも電化され電気機関車が休んでおります。

Img_2693_w 日本ではラウンドハウスを電化するなんて発想がないので、蒸気機関車時代に備えられていたラウンドハウスはほぼ全て取り壊されてしまいました。

Img_2698_w 列車はグラーツに到着します。グラーツはイタリアの影響を残した古都で国鉄駅からトラムで旧市街に入ると、時代をタイムスリップした感じがします。

Img_2706_w なかなか感じの良い街なので、もう少しゆっくり見たいのですが、自分は今日ウィーンのホテルに向かいます。ハルシュタットからの移動のトラブルが無ければもっとゆっくり出来たし、天気も良かったハズなのに残念だなぁ、なんて考えながら駅に着きました。

Img_2703_w 写真は教会の側にあった彫刻、とても気に入りました。雨ざらしになっているから、貴重な芸術品ということでは無いでしょうが。

すると、私の勘違いでウィーン行きのICはとっくに発車しております。今度は完全に私のミスです。仕方が無いので駅員に聞くと次のREXに乗れとのこと。そのローカル急行はウィーンに行くの?と聞いても、それが一番早いとの事だったのでとにかくそれに乗ります。

列車は準急のように、各駅に止まりはじめました。この調子で大丈夫かなぁ、と思っていると車掌がやってきて、「ウィーンに行くなら次の駅で乗り換えだよ」と言うので、「この列車が先にウィーンに着くのではないの?」と聞いたところ、「この列車は次の駅で折り返す」「グラーツの案内ではこれが先にウィーンに着くといっていた、時刻を書いた紙もある」「これ、途中で赤い字になっているでしょ。BruckでICに乗り換えればよかったんだ」。

オーストリア国鉄の乗務員は皆親切です。英語もしゃべります。これはすごいことなのですが、限界もあるのです。最後は自己責任なのです。

Img_2720_w 下ろされた駅の駅名ミュルツツーシュラーク(Mürzzuschlag)を記念として写真にとって、ホームを通過する貨物列車を眺めていると、構内の片隅に不思議な機関車が止まっておりました。多分、ここはゼメリング峠の手前。昔は交通の要所だったところだ。留置されている古い機関車は、昔、峠を越えるために使われたものにちがいありません。

ゼメリング鉄道は今回の旅行の計画を立てるとき検討はしてみたものの、ハルシュタットに負けたところでありました。こんな感じで近くに降ろされたのは、何かの因縁でしょうか。

Img_2725_w 寒いけど、得した気分だなぁ。と思っているとグラーツを2時間後にでたICがやってきました。穏やかな気分で乗り込み、すぐ食堂車に向かいビールと食事を頼み車窓を見ていると、はたしてゼメリング(Semmering)の駅を通過しました。食事とか充電とか列車で出来ることは全てやってしまえば、後は寝るだけ。いろいろあったけれどラッキーでした。

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2008年3月27日 (木)

ハルシュタットは綺麗でしたが

Img_2615_w 冬のハルシュタットへは本当はどう行くのが正しいのでしょう。この世界遺産にも登録された有名な観光地は、少なくとも冬の間はひっそりとしていて、静かにたたずんでおります。

そんなことは知らないので、とにかく、基本通り、アットナング・プッフハイム駅でハルシュタット方面に向かうローカル線に乗ります。ローカル線のわりにそれなりの編成ですから、途中で通勤通学用になるのでしょう。
Img_2579_w やがて、夜が徐々に明けてくると、いきなり湖と岩山が見えてきました。湖はトラウン湖、岩山はトラウンシュタット。山中で外はまだ暗いのに、子供たちがどんどん乗ってきて、また降りてゆきます。
Img_2595_w やがて、湖が遠ざかり川沿いに列車は走ります。この川はトラウン川というのだそうですが、美しい川です。川の名前から鱒と何か関係ありそうですが、渓流釣りでは有名な川のようです。

Img_2604_w 列車がとある駅に着くと、車掌さんがハルシュタットに行くならあのバスに乗れと叫びました。「え?」「あのバス?」「その後ろ」とにかく礼を言って言われたバスに乗ります。乗り方も解らなかったので「ハルシュタット」といって、持っているユーロの小銭を手のひらに載せて運転手に見せました。運転手はその中か適当につまんで運賃箱にいれて、バスは出発します。バスの中には通学の子供たちで満載です。あまり急だったので、駅の名前はみておりませんが、湖の手前なので、多分Steeg-Gosauだと思います。

Img_2606_w やがて、終点のバス停Hallstatt Lahn につき、バスをおりると目の前に素晴らしく美しく、静かな景色が飛び込みました。一通り景色をみて、帰りのために駅行きのボートを探します。ボートは見つかったものの全く動きそうな気配はありません。
Img_2626_w これは反対側の景色
Img_2625_w ボートはダメ、それならばさっきのバスはということで、バス亭にもどると一日数本のバスがあり、幸い9時55分にはどこかの駅行きのバスがあるようです。それまで村を散歩します。木と一緒に暮らしているような家がありました。
Img_2652_w 先ほどから見えている教会。
Img_2677_w やっとの思いで駅に着くと、今度は駅員が「汽車は終わったよ。」と言います。「列車は終わったって何?」「何処に行きたいの?」「Stainach-Irdning 」 「それならタクシーに乗れ」「いやだ列車を待つ」「だから列車は来ないって」「来ないってどういうこと?」「とりあえずタクシーに乗れ、料金はかからない。」この最後の料金がかからない、という言葉が決めてになって、タクシーに乗り、タクシーはさっきのハルシュタットを通り過ぎ、Steeg-Gosauで待つバスに連絡しました。このバスで終点まで乗れ、ということで着いたのはStainach-Irdning。予定を大幅に遅れております、そしてそこにはこんな張り紙。

Img_2634_w そういえば、湖の対岸の線路にこんなのがいたことを思い出します。

Img_2681_w 乗りたかったグラーツ行きICも出た後で、次の列車は2時間後。駅員がやってきました。「あの山はグリミング?だよ」「綺麗だね」「何処に行く?」「グラーツ、本当は前の列車に乗る予定だった」「もう行ってしまった、次は2時間後」事も無げに言います。次のグラーツ行きがやってきた時は本当に頼もしく思えました。

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2008年3月26日 (水)

ザルツブルグ夜行列車祭

Img_2530_w 写真は夜のチューリッヒ駅。今回の旅行で最後の夜行列車の旅が始まります。

欧州の国際夜行列車には殆ど愛称名が付いております。その愛称名が好きだからその列車に乗りたいか?Yesです。素敵な愛称名を持つ列車には行き先が何処であれ、乗って見たいのです。私が最も好きな列車の愛称名は、オリエントエクスプレス。今は豪華列車だったオリエントエクスプレスとは別物になったとしても、運行区間が大幅に短縮されても、オリエントエクスプレスと名乗る列車がある限り、それは魅力です。

Img_2547_w_2 本日チューリッヒからザルツブルクまで乗車する夜行列車はウインナーワルツァー号。しゃれた名前です、そして古くからある名門列車です。この列車はチューリッヒからウィーンを通り、その先ブタベストまで行きます。
名前はおしゃれですが、使われている車両は寄せ集めの感じがあって、統一性は全く無く、おしゃれな感じはありません。特にこの列車は以前CNLだったようで、寝台車は元CNLの二階建てのものが含まれます、現在はオーストリア国鉄籍のようですが、車体の色はCNLを踏襲した塗装です。

私が乗ったクシェットはオーストリア国鉄の車両。4人用のクシェットですがシーツ、毛布、枕が配置してあり、ペットボトルの飲料水も備わっております。なかなか快適そうです。スイスからの乗車なので列車が発車するとパスポートチェックがあり、車掌がチケットとともに預かって行きます。その時、飲み物は何が良い?と聞かれてちょっと面食らうのですが、これは明日、ザルツブルクで下車する手前に、パスポートと供に持ってきてくれるためです。

車掌が行ってしまうと、次に車掌がコンパートメントのドアをノックして起こしてくれるまで記憶がありません。爆睡してました。起きてみるとルームメイトたちは眠りが浅いか寝ていない様子。邪魔しないよう、素早く仕度してコンパートメントを出て食事をします。オーストリア国鉄のクシェットの朝食は、はっきりいってイタリア鉄道の一等コンパートメントの食事をはるかに凌駕しております。今回寝台列車に3回乗りましたが、一番格下のこの2等クシェットが一番良かった。列車がザルツブルグに着くともう、祭りは始まっておりました。

Img_2551_w ウインナーワルツァー号
この列車はスイスのブックス(Buchs)で進行方向と機関車が変っており、列車が2番A線に到着すると、最後尾に付いていたプラハ行きが静かにきりはなされてウィーンに向かって発車します。

Img_2553_w カールマーン・イムレ号リシンスキー号
反対側にはブカレストから来たEN268カールマーン・イムレ号と、ザグレブから来たEN269リシンスキー号がここで連結されて発車を待っております。

Img_2560_w EN269は通常D269として表記されますが、ザグレブから来た車両にはEN269Lisinskiと書かれており、クロアチア生まれの作曲家に敬意を表してリシンスキー号と呼ばせてもらいます。

Img_2556_w_2 前の方がEN268で、車両はハンガリー国鉄の青っぽいものが目に付きますが、紫色のものはルーマニア国鉄のもの、その後の白い車両からEN269クロアチア国鉄の車両が続きます。特にルーマニアの車両はブカレストを前日の朝の5時にでているハズですから、かなりの長旅です。

Img_2563_w D206
ウインナーワルツにチューリッヒから連結されてきたプラハ行きD206はここで切り離されて、1番線に向かいます。1番線にはベネチアから来たD206が待っていて、最後尾に連結されてプラハに向かいます。
これでこの列車はチェコ国鉄、イタリア鉄道、オーストリア国鉄の車両で構成された列車になるのですが、これから先お昼の12時近くまでかかってプラハに付きます。列車番号がユーロナイトでない理由がわかるような気がします

Img_2567_w ドン ジョバンニ号
私は、ここからハルシュタットに向かうため5番線に停車中のIC849に乗り換えますが、IC849の後ろにはベネチアから来たEN236ウィーン行キアレグロナイト、ドン ジョバンニ号が連結連結されております。つまり、国際寝台夜行列車に昼行車両をつけて、国内特急として運用するのです。

実はあと9分まてば、ストラスブルグから来たオリエントエクスプレスが到着し、これを見て5時25分のICに乗れば、ハルシュタットには当初の予定より30分遅れて8時44分に着いたのです。ただ、本日は、不確定な部分が多く、オーソドックスに、「王道乗り換え」コースを選びました。

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2008年3月25日 (火)

氷河急行に乗りました、一応

Img_2446_w ドモドッセラから盆地の縁を駆け上がり山の中に入ったと思うと、まもなくシンプロントンネルに入ります。この間車内でパスポートのチェックがあります。トンネルを抜けるとすぐブリーグ(Brig)駅。駅は、カーブしてからあるので、ホームからトンネルは見えません、そのかわりアルプスの山々は綺麗に見えます。写真はダブルデッカーのICをプッシュする機関車におまけでついている車両。

Img_2462_w MGB(マッターホルン ゴッタルド鉄道)のブリーグ駅は、国鉄駅の前に路面電車の乗降所のような風情であります。この鉄道はユーレイルパスが使えないので切符を買わなければならないのですがMGBの駅では買えそうもないので国鉄駅で聞いてみたところ、「全く問題なし、ここで買えるよ」、ということでしたので、ツエルマットの往復切符を買いました。日本の鉄道に比べると少し高い気がするのですが、私が使うビックマック指数(各国のマクドナルドのビックマックの価格で物価の違いを測る)で考えると、順当な値段かも知れません。

Img_2467_w ブリーグには氷河急行は15:28に発車します。MGBの機関車は氷河急行の牽引車は正面にステッカーをつけております。最後尾の2等車に乗り込むと、いかにも観光列車という雰囲気です。パンフレットがおいてあり、ビニールの小袋に入ったイアホンがあります。これをジャックに挿すと各国の言葉で案内が聞けます。

Img_2471_w 噂ではブリーグからツエルマットまでは氷河急行も普通列車扱いで予約なしで乗れるらしいとのことでしたので、何も気にせず乗っていると車掌の検札が来ました。「ツエルマットまでは30分置きに列車を運行しております」「そうですか」「そしてこの列車は特別な車両を使っております」「豪華ですね」「それで...」「それで?」「申し訳ないけど10SF払って欲しい」「それは良いけど、この席で良いの?」「結構です」ということで、指定席料10SFを徴収されました。

Img_2497_w 列車は豪華ですが、私としては窓の映りこみが厳しくて、車窓の写真が撮りにくい事が辛いです。さらに対向列車がスキー客で込み合う時間なので、遅れがどんどん酷くなって行きます。結局ツエルマットには30分遅れで着きました。ツエルマットは車の乗り入れが禁止されているので、スキー客も途中駅の駐車場に車を置いて、MGBの列車でスキー場に向かいます。こちらはスキーを担いで、スキー靴をはいたまま列車に乗るので、乗降に手間取り、さらに単線なので、スキー客が帰りだす頃になると、雪だるま式に遅れがかさんで行くのです。

氷河急行で近くの席に座っていたおじさんが話しかけてきました。「日本から来たのか?」「そうです」「日本の何処から?」「横浜と言って東京の隣の港町から来ました」「ツエルマットには何日滞在するの?」「この列車に乗るために来たので、すぐ帰ります」「今日はこれからチューリッヒに行って、夜行列車でザルツブルクまで行く予定です」「.....」。ツエルマットへの往復切符は少々高いのですが、こんな客は想定していないのでしょう。

Img_2502_w 当初の予定ではツエルマットの先の登山電車にでも乗るつもりでした。しかし、そのスケジュールはちょっと厳しそうなので、あきらめて早々とビスプに退散です。

Img_2509_w この時は、もう一つ大切なことがありました。バッテリーの充電を何処でするかです。もうバッテリーがありません。今日の泊まりが夜行列車であることを考えるとなるべく、チューリッヒまでのアクセスを最新の車両に乗って行って、バッテリー充電のチャンスをつかみたいのです。そのためにもビソプに早く着きたかったのです。

Img_2511_w ビソプの夕暮れ良いでしょう、もう一枚。ラップ機関車の重連による貨物列車です。

Img_2513_w 駅で聞いてみると、チューリッヒ行きのダブルデッカーのICなら電源が使えるとのこ。時間を聞いてこれに乗り込むと、二階の各車両の両端に電源のジャックがありました。おそらく社内清掃の為に付けたものなのでしょうが、PCユーザーに開放しております。バッテリーの充電が出来ると心に余裕ができます。あらためてこのダブルデッカーのICを見ると、面白いです。2階が通路になっていてワゴンサースがガラガラと行き交うのです。車両の両端は座席より下げてスロープにしてあります。

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2008年3月24日 (月)

百の谷鉄道

Img_2342_w チェントヴァッリは百の谷という意味ですから、チェントヴァッリ鉄道は百の谷鉄道と言えるでしょう。個人的には、これが百でなく千で「千の谷鉄道」ならば、日本でもっと人気が出たのに、惜しいなぁ、と思います。日本的な感覚では、100は「無数」的な感覚は薄いものの、1000だと「無数」の感覚になり、谷がいっぱいあるんだよ、と言った、こちらでの意味により近い感覚になります。

この鉄道はスイスのロカルノ(locarno)とイタリアのドモドッソラ(Domodossola)を結ぶ鉄道ですが、正式にはスイス側がFartイタリア側がSSIFという私鉄です。そのスイス側の起点のロカルノですが、この街はスイスの街というより、イタリアの街に近い感じがします。写真は駅前からロカルノ湖を写したものですが、対岸にある山がなければ、そのままリベエラ海岸の街です。暖かく、太陽がまぶしい。

Img_2339_w 国鉄のロカルノ駅はこんな感じ、プッシュ プルの折り返しではなく、前の列車の機関車が待機線で待ち次の列車の先頭に立って牽いて行きます。

Img_2363_w チェントヴァッリ鉄道のロカルノ駅は国鉄駅の地下にあります。電車は2両連接の江ノ電のような感じです。江ノ電との違いは1等、2等がありボックスシートなこと、トイレがあること等です。路面電車風ではありますが、50Kmちょっとを2時間弱で結ぶ中距離電車です。

Img_2370_w 私が乗ったのはスイス側のFartの車両ですが、ドアの窓ガラスが下の方まで大きく開いているのが特徴的です。

Img_2374_w 電車はロカルノを出ると路面電車風に街中をはしりますが、やがてロカルノ湖に注ぐ川沿いに沢を上って行きます。ロカルノを出る列車は左側が谷、右側が山側で進むので座席は左側が良いようです。

Img_2396_w ある程度勾配を登ると川はだんだん深い谷底を流れるようになります。デッキのドアの窓ガラスがこの辺りで本領を発揮して、谷底がそこから良く見えます。
ドアにはドイツ語とイタリア語で「寄りかかるな」と書いておりますが、そんな気には到底なれません。

Img_2413_w こっちの写真の方が高度感があるかも。

やがて列車は高原状の地形に出て、いくつかの村の中を通り抜けます。

Img_2431_w 今度は、右側を谷に左側を山にしてドモドッソルに向かって降りて行きます。ドモドッソル側はロカルノ側より展望が開けていて、右手の遠くにはアルプスが見える感じです。
やがて谷筋から尾根筋にでて、尾根を九十九折に降りて行きます。尾根を下るにつれて、車窓にはのどかな田園風景が現れてきます。この写真は左側の窓から撮ったものです、左の窓から右の車窓が撮れてしまうのです。

Img_2440_w そのうち平地を走る線路が左に見えてくると、列車は左に大きくヘヤピンカーブして山を下り、ドモドッソラに入って行きます。この先の駅に対向電車が入ってきました。SSIFの電車のようです。

Img_2442_w 良く見ると電車の後に2軸の客車を連結しているような。乗りたいなぁ。

ドモドッソラの街は古い、田舎の小都市に感じられます。観光都市のロカルノから着くとより素朴に見えます。しかし鉄道駅のホームに出ると、交通の要所であることが一目両全です。スイスやドイツの交流機関車とイタリアの直流機関車がワンサカおります。ここはイタリアですが、シンプロントンネルの向こうのブリーグ(Brig)からこの駅までスイス国鉄が運行を担当していて、この駅で運行が分かれるのです。

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2008年3月23日 (日)

憧れのゴッタルド峠

Img_2171_w マッターホルン・ゴッタルド鉄道でゲシュネン(Goschenen)に着くと、道路と国鉄の駅舎の間みたいな所に着きます。本日の宿泊はトンネルを挟んで向こう側のアイロロですが、一旦反対側のエルストフェルトまで峠を下ります。エルストフェルト(Erstfeld)には峠を越えるための機関区、貨車の列、そしてクロコダイルというこの峠の為に開発された古典的電気機関車の名機が保存されているのです。表題の写真はホームに上るやいなやゴッタルドトンネルを抜けてきたRe420とRe620重連が牽く貨物列車。ワクワクしてきます。左手はアイロロ(Airolo)に向かう快速列車、右はMGBの軌道。

Img_2198_w クロコダイルです。

Img_2184_w スイス国鉄名物の展望一等車に乗って、ゴッタルド峠北側の車窓を楽しみます。この間にはループの他に連続Ωカーブがあるのですが、列車は結構軽快に降りてゆきます。この日は長時間列車に乗っていたので、この列車では進行方向左手の山側に座ってしまいました。感覚が鈍ってきております。この写真は後追いで谷を写しているので、Ωカーブを周ってゲシュネン方向に走っている時ですね。

Img_2228_w 今度は今来た道を引き返し、トンネルをくぐり、トンネルをぬけたアイロロで宿泊します。アイロロは小さな町ですが、近くにスキー場がある為か、駅前にホテルが数件あります。ゴッタルド峠を通過する貨物列車を見ながら食事が出来、また列車の音を聞きながら眠ることが出来ます。写真は朝食のテーブル、窓の外は、DBの機関車が重連で貨物列車を牽いて通過します。

Img_2269_w アイロロを発車すると、列車はループ線を降りて行きます、この区間で一番有名な箇所はジョルニコ(Giornico)の三段ループなのですが、あれだったかな、これかなと思っていると列車はファルド(Faldo)に到着。駅の地形を見ると何となく、これからだ、と言う気になります。果たして右手の車窓に、はるか下を走る線路が光っっているのが見えます。これです。一回り目、上は見る余裕はありませんが、下の線路は先ほどよりはっきり見えます。

Img_2275_w 二周り目を終えて上を見ると、二重に渦巻く線路がはっきり見えます。これで高速道路の橋げたがなければ最高なのに。

Img_2289_w この三段ループが終わると列車はさらに高度を下げますが、もう普通の勾配です。途中、駅の横に大きな滝が落下する、ビアスカ(Biasca)を出ると次が峠の終点ベリンツォーナです。ビアスカの手前には古い機関車が大量に留置されていて驚きました。列車のなかからなのでちゃんとした写真は撮れませんが、Ae4/7という一昔前のゴッタルド峠用の機関車のようです。

Img_2304_w ベリンツォーナの街はとても美しいのですが、駅の跨線橋からの眺めも良いですよ。

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2008年3月22日 (土)

RhBからMGBへ

Img_2053_w 夏の最盛期でも氷河急行とベルニナ急行を一日で乗るのは無理です。しかし、列車にこだわらなければ、一日で同じ路線に乗ることは可能です。ただ、全線に乗るのは長いので、今回はそんな無謀なことはやめて、全線の3/4を2日に分けて乗ります。

そのうち、最後のブリーグからツェルマットまでの間が本当の氷河急行に乗ることになります。

最初はサンモリッツからクール行きの列車に乗ります。この間の定期列車は冬の間、夏季には氷河急行として使われるパノラマ車両や食堂車が連結されていてお得感があります。写真はサンモリッツを目指す氷河急行。

Img_1987_w サンモリッツを出ると、列車はアルブラトンネルを抜けます、このトンネルの峠が分水嶺になっているらしく、天気もここで変ります。ベルニナ方面が快晴、サンモリッツ付近で曇が多くなり、トンネルを抜けると雪でした。列車も高度を下げるために右に左にスパイラルしたループ線を降りて行きます。

Img_2002_w フィリズール(Filsur)駅を発車してトンネルをくぐったらすぐ、氷河急行のポスターで有名なランドバッサー橋を渡るのですが、あれよあれよという間に過ぎてしまいます。この橋を走る列車の走行写真は主に逆方向から橋を渡ってトンネルに入る直前の機関車を後ろの客車から撮る感じが多く、写真をイメージしていると、えっ!今のところがそうなのかい?と後ろを向いて確認することになります。

Img_2013_w 列車が高度をさげると、写真では左手に見えるライヒェナウ(Reichenau)駅に着きます。ここで、ディセンティス(Disentis)行きに乗り換えます。左に見える列車はディセンティスからクールに向かう列車です。氷河急行の時刻表を見ると山から下りて最初に停車する時は停車扱いにせず、クール(Chur)から折り返して二度目にこの駅に停車した時が正式な停車扱いにしています。

Img_2038_w この駅を出ると列車はライン川に沿って走ります。ところどころ視界がひらけ小さな町があらわれます。

Img_2086_w 牧場を登って降りると、ディセンティス(Disentis)。正式にはディセンティス/ミュステア駅(Disentis/Mustér)後のミュステアはロマンシュ語で「修道院」という意味だそうです、駅の後ろに見えるのがそうでしょうか。、ここが終点です。反対側のホームにはマッターホルン ゴッタルト鉄道のアンデルマット(Andermatt)行きが待っています。

Img_2098_w Disentisを発車した列車はしばらくはなだらかな丘陵を登りますがやがてアプトの区間に入り、スキー場が近くに見えるようになります。オーバーアルプ峠に向かって登っているのです。

Img_2103_w ここからは、この列車はスキー客の乗り降りが激しく成ります。スキー場間の移動かあるいはリフト代わりになっているのかも知れません。いきなり車を積んだ貨車が連結されたりします。このあたり、鉄道への考え方が自由で愉快になります。ちなみに、この貨車は後ろにレールを走るように改造したトラックが付いていて、列車が駅に到着するとすぐに左に見える最後部に連結されました。

Img_2124_w 天候はふぶきに変わり、先頭の機関車も見えづらくなってきました。このあたり夏はオーバーアルプ湖なのでしょう。

Img_2130_w アンデルマットの手前の駅でスキー客は大量に降ります。駅を降りるとすぐスキーを履いて滑って行きます。

Img_2139_w 列車は急な勾配を九十九折に降りてアンデルマットに着きます。ここで各方面にまた、乗り換えです。地図でみると、この駅でスイス国鉄と交差してますが、300mほどの差で立体交差しております。スイス国鉄に乗るには、アンデルマットからはゲシェネン(Goschenen)まで一駅ですが、乗り換えが必要です。

Img_2160_w 一駅であっても大変な勾配があるので、列車はアプト式の鉄道をゆっくり降りてゆきます。急峻な谷に沿って走るので一駅とは思えない密度で車窓が楽しめます。写真はゲッシュネンの駅に入場するところ、ぎりぎりまでアプトのラックが敷かれており、写真を見ただけでも勾配がきついことが解ります。

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2008年3月21日 (金)

これは器物損壊事件です

本日の時事通信のニュースから

’大阪市営地下鉄堺筋線の車両の外板に、スプレーで幅約7メートルにわたって落書きがされていたことが21日、分かった。市交通局は、落書きに気付かないまま約1時間運行させていた。同局は府警吹田署に被害届を提出、同署が器物損壊事件として調べている。’

この落書きの写真を見ましたが、欧州のどの鉄道にもあるものと一緒です。欧州の鉄道では、いったい誰が始めたのでしょう、なぜ、蔓延したのでしょう。

あの悲劇が起こらぬように、しっかり犯人を調べて、刑事罰が下されるよう願います。

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2008年3月20日 (木)

ベルニナ急行の早春

Img_1968_w Pontresina駅でベルニナ急行D970とD953の交換
ベルニナ急行はイタリアのチラノとスイス方面を結ぶベルニナ線の電車にパノラマ客車を増結した場合、その客車のことを指します。増結車両のため、小さな途中駅では乗り降りが出来ないので止まってもこの車両は通過扱いなので、時間はかかっても急行なのです。時刻表にも列車番号にDが付きます。

この路線に乗るにはチラノから出発するほうが、より感動が深いと思われます。山に登るにはより標高の低いところから登るほうが面白いからで、ティラノはアルプスのふもとにあるとしても、まだ標高は420m程度です。
ここから路線の中で一番標高の高いオスピッツォ・ベルニナまでは1800mの標高差がありのです。

Img_1847_w ティラノを発車してから村の路面電車風の景色が続きます。良い感じです。まもなく、この線区の目玉の一つカンパッシオとブルジオの間の
オープンループが迫ってきます。進行方向の左側に陣取って観察します。ループを持つ路線は日本でも幾つかありますが、これだけ小さな半径でしかも
美しい石橋の開放されたループは初めて見ます。この写真は1/125でシャッターがきれた割にブレておりますね。ど下手の写真ですが、ジオラマっぽく雰囲気がでています。

Img_1866_w 次の見せ場はミララーゴ(Miralago)からレ・プレーゼ(Le Prese)までのポスキアーヴォ湖の湖畔。ふもとの村は早春の気配なのですが、ここまででもかなり登攀しており、湖は凍結したままです。

Img_1871_w 列車は行き違い施設のあるポスキアーヴォ(Poschiavo)で停車しました。停車時間が長いので列車の行き違いがあるのでしょう。やがて、遠くの山の斜面に赤い電車が見えます。えっ、あれっ?とおもっていると、この電車は右に左に視界に出入りしながらやがて大きくなって駅に侵入します。

Img_1884_w 電車は貨車を後ろにつけた混合列車です。今乗っている列車も後ろにつけた回送の2等車を切り離しました。これからこの駅で入れ替えをして編成を変えるのでしょうか。

Img_1900_w この列車は今度は先の電車が下りてきた線路を登ります。最大70パーミル最小半径45mのカーブを持つ区間を、右に左に登って行くと、村と湖が小さく小さくなって行きます。

Img_1923_w やがて森林限界を超えるとアルプスの峰峰が迫ります。アルプグリュム(Alp Grüm )の駅で、駅というかレストランというか、背景の山の左手にはパリュー氷河かなぁ。

Img_1945_w ここが最高点の駅オスピッツォ・ベルニナ(Ospizio Bernina)駅。お嬢さん、ちょっと出遅れてしまったのでしょうか。走ってます。頑張れ。

Img_1950_w オスピッツォ・ベルニナを過ぎると真正面にカンブレナ氷河を見て進みます。夏なら左手にラーゴ・ビアンコ湖が見えるハズ。

Img_1959_w ベルニナ・ディアヴォレッツア(Bernina Diavolezza)に到着、冬はスキー場、夏は展望台になるロープウェイに連絡します。

Img_1964_w ベルニナ急行から見える三つ目の氷河のモルテラッチュ氷河ですが、残念ながらはっきりした写真は無く、この写真で列車の陰になっているところがそうだと思います。実は氷河の名前や位置を事前に知っていた訳ではなく、氷河っぽい車窓が見えたら写真を撮っていたのです。後からしらべるとモルテラッチュ氷河とベルニナ急行を収める有名な撮影ポイントがあるみたいですね。

Img_1970_w ポントレジーナ(Pontresina)はターミナルになっていて、クール方面に急ぐ人は乗り換えです。スキー場を背景にしたサンモリッツの駅がこの列車の終点です。

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2008年3月19日 (水)

ミラノからティラノまでのローカル線

Img_1777_w 前日は、ベネチアからベローナを経てミラノまで、定番観光コースを移動したので、列車に乗っていた時間はそれほど長くありません。本日はミラノからアイロロまで、ベルニナ線でアルプスを越えゴッタルトトンネルで戻ってくるので朝早くから夜まで、殆ど乗りっぱなしです。

ミラノを5時に出た各駅停車はベルニナ急行の始発駅であるティラノまで約3時間半かけて走ります。時間が無く電気機関車の形式は確認出来ませんでしたが、なかなか長大な編成です。途中で通勤、通学列車になるのでしょう。

この線区はベルニナ急行へのアクセスで使用されることも多いハズですが、列車の本数が少ない為かあまりポピュラーではありません。それでも見所の多い線区です。

Img_1766_w ミラノを発車した列車は夜明け前ということもあって、しばらくは見所もありません。しかしレッコLeccoからコリコColicoまではコモ湖が見えます。地図では結構湖畔を走っているのですが、トンネルのところが多く、実際に見える場所は限られます。特に写真を撮ろうとする時に限ってトンネルで蹴られたりするのです。

Img_1797_w コリコからは学生が沢山乗ってきました。ファーストクラスにまで溢れて来ます。車掌もよく解っていて検札に来ません。テストの季節なのか列車のなかで問題を出し合って勉強しています

Img_1801_w ソンドリオSondorioはワインの名産地、こんな感じのブドウ畑のブドウで作ったワインは美味しいに決まっている

Img_1802_w ソンドリオでは人がワラワラと降りて行きます

Img_1805_w ソンドリオで旧型客車と機関車の一群を発見、途中下車したいけど、出来ない。もどかしい

Img_1813_w ソンドリオからは山が迫ってきます。ところどころに教会とお城のような建物が見えます

Img_1819_w_2 終点のティラノTirano左がイタリア鉄道の駅、正面がレーティッシェ鉄道ベルニナ線の駅、この駅の構内はスイスの扱いでパスポートチェックがあります

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2008年3月17日 (月)

ベネチアの朝

Img_1501_w 地図も無く、言葉も解らないまま、意気揚々とベネチアサンタルチアの駅から街めぐりに出かけました。元気に歩いたのは最初の一時間だけ後は、後はただ迷って彷徨っていただけです。なので撮った写真を漫然と並べるだけですが。

Img_1534_w ゴミ収集車ならぬゴミ収集船、クレーンで台車を下ろします。今日は燃えるゴミの日でしょうか?

Img_1535_w 後は台車を押してひたすら歩いてゴミを収集します。

Img_1569_w この船、いかにも重い荷物を運ぶのが得意そうです。

Img_1539_w 瓦礫を手押し車で船に運んでは積んで行きます。

Img_1597_w 倉庫からの出荷にはクレーンを使います

Img_1588_w カーブには当然カーブミラーがあります。

Img_1586_w コーナリングは操舵とエンジン出力の調整で行います。スクリューの軌跡を見るとギリギリで曲がっていることがわかります。誰もが自分のコーナリングテクはベネチアで一番、と思っているかも。

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2008年3月16日 (日)

ユーロスターシティーとETR500

Img_1605_w ベネチア サンタルチア駅には様々な列車が出入りします。その中で現代のスターはユーロスターイタリアのETR500でしょう。ユーロスターイタリアはイタリア国内の新幹線に相当しますが、ロンドンとパリを結ぶユーロスターと名前を巡って争い、これに負け、ユーロスターのロゴに小さくイタリアを追加しています。しかし列車の表記はESを使います。

またこのETRというのは特急電車の意味で、イタリア鉄道の車両史上もっとも有名なTEEのセッテベロ号はETR300と言いました。その後ETR450,460,470,480を経て最新がETR500です。ところで、ETR500は正確に言うと電車ではなく前後を機関車で客車を挟んだ集中動力TGVタイプの列車です。今開発中のETR600はまた電車になりそうですから、長い歴史を振り返ると、あの時のETR500は鬼っ子だったなぁと言われる日がくるかもしれません。

これは憶測ですが、ETR500がこの形になったのは、時速300KM運転へのこだわりがあったと思います。イタリアは基本的に電化区間は直流3000Vですが、営業運転で時速300KMを保障するには、パワー不足です。そのためDirettissima(ディレッティシマ)という高速新線はローマ、ナポリ間、ミラノ、トレノ間で交流25000Vの電化がされるようになりました。この新線区間で時速300Kmを出す為に、交直両用機関車で空力特性に優れた客車を挟むことにしたのだと思います。この両区間の高速列車は特にAVと呼ばれ他のESと区別されております。
他のESがETR460,480で運行される可能性があるのに対し、AVはETR500だけで運行されます。交流25000V区間がある為です。

Img_1609_w ところで、イタリアの幹線ではETR500と良く似たユーロスターシティーという列車が走っております。ESc97xx番台をつけてEScとして、あるいは普通のICとしてこの車両がやってきます。実は良く似ているハズでユーロスターシティーの機関車は以前ETR500につけられていたものだったのです。当初ETR500の機関車は直流機関車の414型をつけておりましたが、それを交直両用機関車の404型に取り替えたのです。こうして余剰になった直流機関車414型で既存のインターシティー用車両の更新車を挟んでユーロスターシティーが生まれた次第です。

Img_1662_w この二つの機関車は外観が404型がよりアエロボディーになっている他、決定的にパンタグラフが違うので容易に区別がつきます。404はシングルアーム414がひし形のパンタグラフです。

乗り心地は車両が大きい分ユーロスターシティの方が良いような気がするのですが、どうでしょう。少なくても特別料金が必要でないICでこの車両が来たら大喜びです。デジカメのバッテリーの充電もできるし。

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2008年3月15日 (土)

リベエラ ナイトトレイン

Img_1469_w (ベネチア サンタルチアに到着した列車、最後尾がトレニタリアの個室寝台車)

ニースとベネチア、ローマを結ぶ夜行列車を特にリベエラ ナイトトレインと呼びます。列車の愛称名はモンテカルロ号。ニースを出たモンテカルロ号はジェノバでベネチア行きとローマ行きに別れ、ベネチア行きはその先のベローナでミュンヘンから来たCNLを前に連結してベネチアに向かいます。

Img_1404_w (ニース駅の電光掲示板、369列車の案内があります)

鉄道おたく風に言うと、ニース発ローマ行きEN369の一部がジェノバからMilano Rogoredo行きEN362として分離し、Milano RogoredoからベネチアまでEN363として走ります。

停車扱いになっていないMilano Rogoredoで列車番号が変わるのはちょっと面白いですね。何があるのか見てやろうと思っていましたが。出発早々寝てしまいました。起きたのはベローナを過ぎてから。寝ながら移動するのが寝台車なので、まあ良かったかと。

Img_1431_w (個室の内部)

Img_1434_w (上段の寝台の裏には名画?が描かれています)

リベエラ ナイトトレインといっても特別な車両が使われているわけではなく、通常のトレニタリアの寝台車が使われております。ただどちらの方向に向かうにしても朝の車窓は素晴らしく美しいので、リベエラ ナイトと名前を付けられる価値はあると思われます。私は特に、ベネチア サンタルチア駅に向かう時、海を渡る橋が見たくてこの列車にのりました。

Img_1453_w (ベローナを出ると、朝霧に包まれます。最後尾のデッキから過ぎてゆく景色が見られるのは客車の醍醐味)

ところで、この列車は、ニースからジェノバまでローマ行き車両を先頭にして走り、その後にベネチア行きの個室寝台車両が続きます。ベネチア サンタルチアは行き止まりの駅なので当然、ローマ行きを切り離した後、この車両の先に機関車をつけてベネチアに向かうものと思っておりましたが、起きてみたら進行方向が変わっていて、この車両が最後尾でありました。

Img_1468_w 今思えば、ミュンヘンから来てベローナで3時間もこの列車の到着を待っているCNLを先頭につけてあげるのは当然の配慮なのですが、私にとっては嬉しい誤算です。おかげでデッキからのパノラマをみることが出来ました。ただ、肝心の本土とベネチアを結ぶ橋は、複々線の線路と道路を併設しており、幅が広く、橋というより陸地に見えます。

Img_1493_w 橋は思ったほどのインパクトはありませんでしたが、駅前がすぐに大運河となっているベネチア サンタルチアの駅はなかなか感動ものでした。

Img_1483_w (もう切り離されておりますが、牽引機はE402B、交直両用の旅客急行専用機です)

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2008年3月14日 (金)

最初の失敗

Img_1192_w この日の予定。(写真はBreil-sur-Roya  8:30、右の気動車に乗って来て、真中の気動車に乗り換えるハズでした)
Station/Stop  Date Time 
Nice-Ville             dep 7:20   RegioExpress,
Breil-sur-Roya      arr 8:21  RE 81309 
Breil-sur-Roya      dep 8:39   RegioExpress,
Tende                  arr 9:08  RE 22968 
Tende                  dep 9:57   RegioExpress
Ventimiglia            arr 10:45  RE 22995 
Ventimiglia            dep 10:58   EuroCity,
Genova P. Principe arr 13:06  EC 139 
Genova P. Principe dep 13:47   InterCity, GP
Monterosso           arr 15:02  IC 653 
Monterosso           dep 15:24   Regio,
Manarola               arr 15:36  R 24515 
Riomaggiore           dep 17:09   Regio,
Ventimiglia             arr 22:04  R 11299 
Ventimiglia             dep 22:45   EN 369 EuroNight

ところが一つのミスによって計画は大崩。ホテルでデジカメのバッテリーを充電していて忘れたことに気がついたのです。気動車に乗ってわりとすぐ気がついたので列車の交換を待ってニースに引き換えすつもりでしたが結局、終着駅まで反対列車は来ず。ニースに戻るには何が早い?と聞いたところこの列車の折り返しに乗れとのこと。時間的に当初のスケジュールは全滅です。

Img_1219_w (帰りの車内から、美しい山間の村)

それでもニースのホテルに戻りバッテリーチャージャーも無事回収出来ました。もともとのスケジュールが数百キロ先まで行って戻ってくるというお馬鹿なものだったので、今日の計画が倒れても明日には影響しません。良い注意喚起になりました。せっかく時間が出来たのでヴァンティミグリラに行ってみることにします。そこにはきっとフランスの機関車とイタリアの機関車がうようよしているハズですから。

Img_1283_w 移動の途中に周りの乗客が殆ど降りる駅があり、つられておりてみるとマントンという街でどうもレモン祭りをやっているようでした。このコートダジュールのあたりは、今の時期お祭りが多いのでしょうか。
街ものどかで、こじんまりしていて良い感じです。街のなかには柑橘の木が沢山植えてあり、オレンジの実がなったままになっております。この街の5月は、これだけのオレンジの木に花が咲いた様子を想像すると、どんな香りに包まれるか、想像するだけでわくわくします。

マントンから一つでヴァンティミグリラ。この2つの街がフランスとイタリアの国境の町になります。国境の町といってもどちらものどかで穏やかです。それでも国が違うせいか街の感じはすこし異なります。

Img_1351_w (ヴァンティミグリラの駅前ロータリー、地中海はすぐそこ)

ヴァンティミグリラの街はよりエキゾチックな感じがするし、何より駅を出るとすぐ地中海が見えます。

Img_1326_w_2 (河口の橋を渡って海に出ます、山側には雪をかぶったアルプス)

5分もあるけば海に出れます。3月になったばかりの日曜日ですが気温は高く、小石のビーチではビキニの女性が甲羅干しをしており、水温も思ったより高めでした。

Img_1334_w (小石のビーチです)

同じリベエラでも天候は異なるのか、イタリア方面は厚い雲に覆われております。結果的に良かった。と思うことにしました。

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2008年3月13日 (木)

ミモザのカーニバル

Img_1092_w ニースのある南フランスのコート・ダジュールでは、ミモザは日本の桜のようなもので、特別な思いいれがあるようです。ミモザの開花は2月の中旬から3月。横浜で同種の房アカシアの花が開花する時期にくらべて一ヶ月くらい早く、それはそのまま冬の気温の差と湿度の差と思われます。横浜の冬は穏やかなほうだと思いますが、南フランスの冬はそれ以上に穏やかなのです。

ミモザが咲く頃に、ニースではカーニバルが行われます。そのカーニバルのハイライトが期間中2回行われる花合戦。雪合戦の雪球のかわりにミモザの花束を投げるようなものです。雪合戦の戦いと違うのは投げ合うのではなく、投げられた花束を取り合う戦いだという点です。

実際は、この花合戦の会場は入場料を取って締め切られるし、入場料を払って見物している人は殆ど観光客だし、パレードの山車からふんだんにミモザの花束が投げ込まれるし、そもそも街はミモザであふれているし、ミモザの花束をゲットするというより、縁起物をもらうといった感じです。

たしかに、ミモザの花束は山車に乗った美女が仮装した花の精から投げ込まれるので、上手くキャッチできると良いことがありそうですね。。表題の写真の妖精さんはミモザの花束をなるべく遠くの人にキャッチしてもらいたいようで、遠投にはげんでおります。

私がニースに着いた日はたまたまこの花合戦が行われる日だったので、本来の目的だった香水の街グラースの観光を短縮して、ニースに戻り花合戦を見に来ました。残念ながら入場券を売っているところを知らなかったので仕切りの中に入れず、地元の人に混じって場外からおこぼれで我慢です。もちろん縁起物は無しで。

Img_1117_w この子供たちはこれから良い事がいっぱいあることでしょう。

花合戦が終わって街をうろつくともう一つの縁起物に注意が必要です。それは子供たちが持っているプラスティック フォームのスプレー缶攻撃。このカラフルないたずら道具は普通の通行人には向けられなくとも、カメラを持って笑顔で子供に近づくオヤジには容赦なく噴射されそうです。

Img_1125_w この写真の背景に写っているのは完成したてのトラムです。トラムを保存しているのではなく、作ったのです。景観地では架線を張らずにバッテリーで動けるようになってます。素晴らしい。

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2008年3月12日 (水)

青列車(トランブルー)の後継者達-2

Img_0953_w ニース駅に到着するルネア。やはりSNCFはこの拳骨型BB22000が似合います。

昔のフランス車には独特の空を飛ぶような乗り心地があったみたいなことを聞きます。ふわふわして、車としては心もとなく、危なっかしいものだったとしても。

70年代に生まれた、特急用の車両のCorail Lunéa(コラーユ・ルネア)にもこのフランスの柔らかい乗り心地のこだわりがあるように思えます。フランス国鉄は電車化したTGVの開発を進めて、さらに早い鉄道を目指しているようですが、新しい特急用の客車や寝台車はもう開発することは無いのかも知れません。できれば、個室寝台車を作って運用に復活させてもらいたいものだと思っております。

というのは、現在のコラーユ・ルネアは一等も二等もクシェットと呼ばれる横たわることの出来る座席の設定だけで個室寝台の運行はありません。クシェットというのは日本で言えば「ごろんとシート」であり、男女の区別なく4名1部屋のコンパートメントで雑魚寝をすることになります。これは運送効率は良いものの夜行列車の旅を楽しむためにはいささか不便なものなのです。

今回ナンシーを21:33の発車でしたが、コンパートメントの中はすでに真っ暗。ドアを開けると通路からの光が差し込みご婦人が2名横たわっているのが見えました。怪訝そうな顔で見られたのでチケットを見せると、下段を指差し、また横になりましたが、正式な乗客であることが解ってすこしは安心してくれたようでした。列車が発車して車掌の検札が終わると、またコンパートメントの中は真っ暗、ドアは内側から二重ロックで施錠するので、トイレに立つのも気が引けます。ドアの開閉でうるさいのと、暗室に光が差し込むからです。個室寝台であれば、こんな気を使わないですむし、また列車が止まればブラインドをあけて窓の外をみることも出来るのですが、クシェットではそれが出来ません。

Img_0925_w_2 今回の乗車の楽しみに地中海の夜明けを車窓から見ることがありましたが、ちょっと方法を考えなければなりません。ニースに向かう列車は進行方向の右側に地中海をみることが出来ます。またその時列車は西から東に向かってはしることに成ります。欧州の列車は途中進行方向を何度も変えるので自分の乗った寝台車がその時寝台側が右か通路が右かは運次第。クシェットの場合、通路に出て車窓を見るしか無いので、コンパートメントを右側にして走っていると、車窓を見れる場所はデッキに限られてしまうのです。

Img_0998_w はたして、夜が明ける時間になり進行方向を感じ取るとコンパートメントを右に走っております。ナンシーを出てから進行方向を変えてないか、偶数回変えたかどちらかです。いづれにしても通路から海は見えないのでデッキに向かいます。予想にたがわぬ美しい地中海の車窓はみることができたものの、やはりこういう車窓は自分の席で珈琲でも飲みながらのんびり見たかったなあ。

Img_0948_w ちなみに、ルネアには他の寝台列車にはある朝食サービスはありません。もちろん一等のクシェットにもです。その意味で一等と二等の違いはあまり無く一等にはシーツを二枚重ねたような寝袋がつくことくらいでしょうか。おそらくビジネスユースがかなり多く、乗客が乗り降りする駅が分散していて、効率を優先しなければならない列車なのだと思います。

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2008年3月11日 (火)

青列車(トランブルー)の後継者達-1

Img_1382_w トランブルーの本家筋の後継者のルネア。ヴェンチミグリア駅で。青っぽい塗装でした。

昔、フランスにはトランブルー(TrainBleu)という豪華寝台列車がありました。日本のブルートレインのモデルになった列車で、パリと南仏を結んでおりました。この豪華寝台列車はもうなく、当初の始発駅であったリヨン駅の高級レストランに名を残すだけですが、後継列車は何系統かコラーユ・ルネア(Corail Lunéa)として運行しております。

このうちパリのオーステルリッツ駅(Austerlitz)とイタリアのヴェンチミグリア(Ventimiglia)を結ぶ列車がコラーユ・ルネアと一律に呼ばれる前までル・トランブルーと名前が付けられていたので、本家筋の後継者であろうと思いますがニース(Nice-ville)を終着駅にして各所から発車する分家筋があります。いずれも現在は豪華列車にはほど遠く、食堂車はもとより個室寝台車さえついていない2等座席と一等二等クシェットだけの編成になっております。

クシェットというのは日本で言えば指定券で乗れる「ごろんとシート」であり、横になれる座席扱いの車両です。フランス国鉄の場合一等も二等も4名1コンパートメントで、違いは少ないような気がします。一等にはシーツを二枚重ねたような寝袋とちょっとしたアメニティが備えてありますが、一等を選ぶ決定的な要因にはなっていないと思います。

とにかく、これらの夜行列車はTGVの高速鉄道が発達した今でも、南仏への移動に関して時間の有効利用の点でメリットがある為、利用する人も多いように見受けられました。

私はトランブルーの名前に憧れがあったことと、地中海に降り注ぐ朝日で目覚めるイメージに取り付かれてこの列車には乗らねばならぬと心に決めておりました。

Img_0855_w ただ、この列車に乗るにはちょっと大変です。同じ区間を毎日走る訳ではないので、その日に走る列車を迎えに行く必要がありました。私の場合2月29日にフランクフルト空港に到着し、そこからICEでオッフェンブルグ(Offenburg)へ。連絡するOSBという気動車に30分くらい乗ってストラスブルグ(Strasbourg)に向かいます。ストラスブルグはTGV東線の終着駅で通常はここからニース行きがあるのですが、当日は運行休止日。そこで急行に乗ってナンシー(Nancy-Ville)まで行き、ルクセンブルク(Luxembourg)からやってきた夜行列車に乗り込む必要がありました。

Img_0864_w この間、面白い事はドイツからフランスへの変化でストラスブルグに近づくと車窓が一変します。極端な話、素っ気のない工業地帯からお洒落な町に変ります。

Img_0882_w ナンシーでの待ち合わせも、街が綺麗なので苦になりません。残念なことは日のある時にここに居れなかったことくらいです。この街はアールヌーボ発祥の地だそうで、美しい建築物も沢山あるはずなのです。

Img_0888_w 列車は長距離旅客の牽引機である1を最初につけたBB26000系の電気機関車に引かれて入線してきました。ここで反対側に別の機関車をつけて、向きを変えて発車します。

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2008年3月10日 (月)

旅行中は電気の奴隷でした

Img_2569_w 充電地獄に仏のオーストリア国鉄

本日、欧州鉄ちゃん旅行から帰ってまいりました。この旅行は当初「卒業旅行」になるかもと思って計画したのですが、結局そうはならず、明日からの生活が恐くて仕方がありません。でも、良い気分転換になりました。

今回の旅行でつくづく感じたことは、自分が電気の奴隷になっていることでした。毎日鉄道で移動する旅では、電波を追い続ける携帯電話のバッテリーが瞬く間に消耗して行きます。またデジタルカメラのバッテリーもCanon 5DのRAWで撮り続けているとバッテリーとメモリーはどんどん無くなって行きます。

メモリーに関しては、今回、コンパクトフラッシュを4枚、合計16GB持って行きました。ある程度コンパクトフラッシュが一杯になるとノートパソコンを経由して60GBの携帯ハードディスクに移します。またバッテリーパックは2つ持って行ったのですがこれが大失敗。せめてあと一つあればもっと余裕があったハズなのですが。

というのは、夜行列車での移動を随所に入れていたので、その日は、コンパクトフラッシュのコピーはともかく、バッテリーの充電に悩まされることになったのでした。個室寝台車の場合は個室内に髭剃り器用の電源があるので問題無いとして、クシェットの場合はたとえ、コンパートメント内に電源があっても、他の乗客の手前、充電は実質的に無理です。

また、ホテルに宿泊する場合も、夜中にチェックインして、部屋に入るやいなや、ノートPCを起動させコンパクトフラッシュをコピーし、一方で携帯電話、デジタルカメラのバッテリーを開始する。充電には時間がかかるので、この作業の片手間にシャワーを浴び、ビールを飲み、パンを食べるという生活に追われます。

それでも、ニースのホテルでは、バスルームで充電していたバッテリーを忘れて、それを取りにホテルに戻った為、当日のスケジュールが全て狂うというミスまで犯してしまいました。

こうなると、旅行のスケジュール自体が、何時、何処でバッテリーを充電するかで大きく左右されることになります。電気の奴隷です。

最近の鉄道車両のファーストクラスでは席にPC用の電源を持つものも増えてきたので、たまたま乗った車両に電源のコンセントがあるのを見つけると、それだけの理由で嬉しくなったものでした。

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2008年3月 8日 (土)

今、プラハにおります

Img_2913_w Camera : Canon EOS 5D, Lens : EF 24-105 F4L

本日はプラハに居ります。珍しくインターネットにアクセス出来るホテルに泊まっているので、ちょっくらブログを覗いてみました。

写真は数時間前のプラハでの一こま、ちゃんと声をかけて撮りましたよ。この写真のどこがプラハなんだとか、お前はチェコ語がわかるのかなんていう突っ込みはしないでね。

実際のところヨーロッパの一部は横浜より春が早くて、南フランスではミモザが満開、ここプラハでもレンギョウが満開で桜も咲き始めております。

だから、今の時期のヨーロッパは以外に華やかなのです。下の写真は同じ場所ですが、柳が芽吹き、芝生の中には白い花の草が混じって咲いているのがわかりますでしょ。帰ったら、またいろいろご報告します。と言うか、させてください。

Img_2911_w

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