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2007年12月30日 (日)

モッキリの思い出

1976toyoshima_w Camera : Pentax SL, Lens : Super Takmar 55mm F1.8, Film : kodacrome 25

前回モッキリをちょっと話題にしましたが、どうもこの言葉は地域性があるようです。私は秋田県の生まれですが、そこでは使われておりました。もっとも実際の発音はもっとこもっていて切れが悪かったと思います。

表題の写真は私の実家の向かいにあった酒店さん。この家は今でも酒店を営んでいるのですが、店を新築しもう少し人通りのある反対側の通りに店を向けました。写真を撮ったのは今から30年以上前の事です。セミを小さな子供たちの為にとってあげようとしているしている酒店の娘さんも今は三児の母、自分の娘が写真の彼女くらいでしょうか。

この角度は私の実家の居間からで、フイルムのコマ数が2であるところをみると、カメラにコダクロームをつめて散歩に出ようとした時でしょう。当時、私は、身の回りの些細な光景をコダクロームで撮影し記録しておこうと考えていた、妙に老け込んだ高校生でした。

それはともかく、この酒店には毎日のようにモッキリに来る人々がおりました。人通りの少ない小路に店を構えておりましたが、この辺りには他に酒を置いている店は無く、ましてや飲食店など無かったのでみんなこの店にモッキリに来たのでした。

モッキリというのはおそらく「盛り切り一杯」のことで、コップに一合の日本酒を酒店で量り売りをしてもらい、それを飲んで帰ることであったと思います。そのため酒店にはベンチやテーブルが置かれ、裂きイカや冷奴、カンズメなどがおいてありました。冬はストーブにかけてある洗面器で御燗も出来ました。

今では考えられないことですが、当時は普通に猟師が鉄砲を自転車に括り付けて、この店に止めてお酒を飲んでいました。私も猟銃の側で普通に遊んでおりました。当時の猟師が使っていた銃は武器と言うより工芸品に近く、子供心に良いなぁー、欲しいなぁー、一回くらい撃たせてくれないかなぁーなんて思っておりました。実際、親戚に猟師がいる子供は引き金を引かせてもらったことがあったりして羨ましく思ったものでした。

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